宇宙製造機

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 俺達は物理学者だった。大学時代からの同級生、阿Kとは宇宙の理論について話し会い、親しくなった。彼はどこか暗い一面を持っていた。そう、孤独を好み、あまり人とは話をせず、根っからの学者タイプだった。俺が唯一の友人であるといっても良かった。
 その頃、科学は全てを征服しきっているようにみえた。フラスコの中で人工生物を造ることにも成功していた。人工知能をも完成させた。
 科学者達は『神の領域を超えている』と、ひどい非難を世間から受けた。だがそんなことで科学者達の興味が満たされることはなかった。科学は猛烈な勢いで発達してゆくばかりだった。
 そんな風潮を受けてか、俺達も何か造り出してみようと常、日頃から阿Kと俺の会話ははずんでいた。或日、研究室の中で、仕事の合間に阿Kと二人で、いつものように世間話をしていた時である。阿Kが切りだした。
「サカタ、いつもおまえとは『自分達の手で社会を、一般の人間供を驚かすようなものを造ってみたい』と夜を徹して議論しあったね。どうだろう、さいわい俺達は物理学者だ。しかも優秀な宇宙物理学者だ。俺達の手で『宇宙』を造ってみないか」
 どうも阿Kのしゃべり方は自分の能力を賛美し、世俗を見下すようなきらいがあるのだが、俺は阿Kの発送に畏敬の念を抱きつつ、
「そうだな。すごい閃きだよ。宇宙を造るなんて。すでに現代の技術からいっても、それぐらいは造れるだろう。宇宙の誕生から終末までもじっくり観察できるに違いない。宇宙を造るなんてテーマはスケールが大きいから誰も気付かなかったんだろう。多分、俺達が世界で始めてだ。人工生物や人工知能を産みだした時のように、歴史に永遠に残る事業だと、他の科学者連中から賛美されるに違いない」
「思いたったら吉日だ。サカタ。さっそく作業にとりかかろう。俺はおまえと一緒に辞書に名を連ねるのが今から楽しみでしょうがないぜ」
 全く、この世の伴侶が俺一人だけであるかのように思われる。彼には妻もいなければ、両親もいない。しかし俺としては阿Kの精神を支えているのは俺だ、俺は阿Kにたよられている、という自負の念がないこともなかった。
 即座に俺達は今まで自分達のしていた研究課題を変更し、『宇宙における製造、及びその過程』とテーマを大学側に申請して研究学費をもらった。俺は機材を選び、阿Kは宇宙製造機の設計をした。
 宇宙製造機の組み立てが始まった。阿Kはいつも部屋の窓にブラインドを降ろし、真っ暗にして電灯を一つだけつけて作業するクセがある。
 その時も例外ではなかった。俺達の白衣と、阿Kの頭につけられた懐中電灯と爛々と輝く彼の目と、その素早い手の動き。彼は天才なのだ。きっと他人が俺達の作業場を覗くと、二人の幽霊が、黒い機械のまわりで徘徊しているように思っただろう。
 宇宙製造機が出来上がった。それは暗い部屋の中央に置かれた。球の形をして、その表面には様々なメーター、メーターの隙間から何百本ものつながれたコード、そして球のてっぺんに内部を観察するための窓があった。製造機は半径二メートルもあったので、俺達の部屋はほとんどそれで占められた。その光景はまるで、瀕死のタコの内蔵をひっぱりだして、それを四方にぶちまけたような、そんな想像をしないでもなかった。
 阿Kが言った。
「さあ、もうスイッチを入れるだけだ。歴史的事業の開始だ。俺達はこの宇宙製造機の内部の宇宙において、『神』になるのだ。サカタ、一緒にスイッチを押そう」
 俺は阿Kの言葉にギクリとしながら、そして、これから神の遊戯をするのだという罪悪感にかられながら、阿Kと手を組んで、二つの指をからめて一本にし、スイッチを押した。
 バリバリバリッ、ブーッ、ブーッ
 閃光と鈍い音を立てながら、機械は作動を始めた。
 もしかしたら、俺はしてはならぬ、決して犯すことのできない、禁断の行為をしてしまったのではなかろうか。
 そんな疑念をよそに機械はその内部の宇宙を作り出す初期状態にまで高まっていった。
 覗き窓から内部を観察すると、機械内部に何かぼんやりした、ガス状のものが発生していた。やがてそのガスはゆっくりと中心へ向かって凝集し始めた。そしてガスが完全に一点に収縮してしまった直後、目もくらむような白い光を出して爆発した。
「阿K! ビッグ・バンだ」
「そうだ。ついに、ついに俺達は宇宙を創造した。宇宙を造ったのだ! 人間は科学の力によって神にもなれることが、今日、ここで実証されたのだ」
 阿Kは覗き窓から離れると、興奮して、せまい部屋の中を踊っていた。
 だが、俺は静かに窓の内部を見ていた。少しずつ少しずつ膨張してゆく宇宙を。
 これで良かったのか。確かに俺はこの宇宙において神になったのだ。しかし全く神になった気はしなかった。俺はおふくろの腹から生まれ、郷里の山河で友達と遊び、勉強して、そして今、妻と子供を持って、平和な家庭で暮らしている。平凡な人間だ。俺は人の子だ。神になんぞなれるわけがない...。

 それから先はみるみるうちに機械の内部の時間が経過していった。宇宙製造機にとりつけられた人工時間操作機によって時間を早く進めた。
 希薄な宇宙空間にキャンドル・ライトを灯す時のように、一つ、又一つ、星が生まれていった。まるで何もない空間から、いきなり生命の火が灯ったかのように。
 やがてその星々の多い部分と少ない部分が分かれ始め、多い部分は、はっきりと銀河を形成していることがわかった。銀河が集団をなして一定方向に宇宙製造機の内部を流れていた。それはまさしく『光の河』、銀河そのものであった。俺と阿Kはその美しさにひたすら感激していた。
 俺は阿Kに言った。
「阿K、そろそろこの『機械じかけの宇宙(俺達はそう呼んでいた)』の何処かに生物が発生していてもいいんじゃないのか。コンピューターで探ってくれ」
「O・K」
 阿Kは、はずんだ声で返事をして、コンピューターを操作し始めた。やがてその結果がモニターに映し出された。生命の宿る星は実に何百億とあった。
 阿Kは俺に、
「サカタ、どの星を選びだす。おまえ、決めてくれ」
「そうだなあ、できるだけ俺達の地球によく似た星が見たい。俺達、人間と同じような生物が生まれるかも知れないからね」
 阿Kはまたコンピューターをいじりだした。
「よし、この星がいいだろう。大気の成分も非常に俺達の星に近い。これは地球型の惑星となるだろう」
 モニターに映った複雑な数値を指さしながら、阿Kは言った。
 宇宙製造機の内部には、どんなにミクロの世界でも拡大できる顕微鏡のようなものが設置されていた。その顕微鏡を、狙った惑星に照準を定め、それをモニターに映しだした。
 それは非常に地球によく似た、美しく青い星だった。さらにスコープを拡大して、その青い部分の内部を見た。青い部分は『海』とも呼べるところらしく、非常に小さな微生物がうようよしていた。人工時間操作機によって時間を早く進めると、微生物は分裂し、増殖を繰り返し、ある物は食われ、食った物の内部に遺伝子が組み込まれ、複雑になり、ある物は死滅し、ある物は栄えたりして、複雑な形態へと進んでいった。
 時間をどんどん進めると海の中で魚のような物が泳ぎまわり、やがてそれが陸上に進出し、巨大化して爬虫類のようになった。それらは鬱蒼としたジャングルの中で弱肉強食を繰り返した。その星の上での王者であった。だが突然、巨大隕石の落下による気候の変動。いつしか巨大生物は絶滅し、それにかわって小さなネズミのような物が地上にはびこりだした。

 俺と阿Kは口も聞けず、手は震えながらも、モニターを凝視していた。化石になったかのように。なぜならモニターを見ている最中に、徐々にイヤな予感が、恐ろしい予感がしてきたのだ。
 阿Kが喉をゴクリと鳴らせた。その音を聞いて俺は背筋にうすら寒いものを感じた。
「地球...」
 俺の声音は震えていた。俺の口から出た言葉は、モニターの光だけでボンヤリ浮き上がった俺達二人の顔がある、暗い部屋の中に木霊した。
 阿Kは、
「いや、そうとは限らない。もしかしたら、この『機械じかけの宇宙』の中の全ての生命のいる惑星が、これと同じ進化をたどっているかも知れない」
 しかし、その彼の声音も震えていた。
「他の惑星を調べてくれ」
 俺は阿Kに頼んで他の惑星にスコープを回させた。他の惑星はそれぞれ異なった進化をしていた。気体状の生物、岩石のような生物、まるでわけのわからない奴...
「ない、ない! 何処にもないぞ。地球型の進化をとげている惑星は!」
 俺は恐怖していた。そして、
「阿K、スコープを『地球』に『地球』にもどしてみてくれ...」
 俺は何の目的で『地球』を見たかったのか、又、何故その星をあえて『地球』と呼んだのかわからずに、彼に頼んだ。
 再びスコープは『地球』にもどされた。
 そこにはネズミが絶え間なく進化してゆく姿が映しだされた。リスのような形になり、又、馬のように進化してゆくものもあった。リスは樹上で進化し、大きくなってサルのようになった。
 やがてサルは樹上から下りて草原に進出した。後足で直立した。道具を使い始めた。火を使い始めた。幾度かの氷河時代を経て、ついに農耕を営むようになった。サルは増えて、いや、それはもうサルではない。集団生活を始め、階級制度も出来上がったようだ。部族間の闘争から戦争へ、幾多の涙、笑い、欲、人殺し、祭り、愛、知識、蒸気機関車、汽船、飛行機、原子爆弾、経済摩擦、革命、暴動、血....

「人間だ!」
 俺は叫んだ。その時、俺は涙を流していることに気付いた。阿Kの方を見ると、彼は口をポカリと開けて、放心したかのようにモニターを見ていた。
 さらに人工時間操作機をまわしてスコープを俺達の住んでいる筈のジャパン・エリアの一画に向けた。
 そしてモニターに映った。その光景は次の通りだった。
 まず、俺が研究室にいた。その横に阿Kがいた。何かを話し合っていた。突然、嬉しそうな顔を見せた。そして何かを作りだした。それは球のような機械だった。その機械のスイッチをいれた後、機械の横で阿Kは踊りだした。その機械の中でより小さな、小さな宇宙が生まれていたのだ。
「うわーっ!」
 俺はモニターの前から離れ、宇宙製造機の横を駆け抜け、暗い部屋の隅に向かって、吐いた。胃の中の物を全部吐いても吐き足らずに、胃液まで吐いた。泣いていた。気が狂いそうだった。
 吐き気が治まると、俺は立ち上がって誰かに向かって言った。
「俺達の宇宙は一体なんだというのだ。今、ここにいるこの俺の住んでいる宇宙も巨大な『俺自身』によって、造られたというのか!」
 それは多分間違いのない事実だった。今、ここに存在する俺自身の宇宙も巨大な俺によって、宇宙製造機によって造られ、又、その巨大な俺の住んでいる宇宙も、さらに巨大な俺によって造られているのだ。
 そして、俺が造った宇宙製造機の中の俺達が、さらに宇宙を造ったように、その宇宙の中に小さな宇宙が、さらにその小さな宇宙の中に、小さな小さな宇宙が次々と、永遠に造り続けられてゆくのだ。まるで合わせ鏡の中にできる無限の自己複製のように。
 無限に極大の宇宙の中に無限に極小の宇宙がある。いや、大きな宇宙と小さな宇宙を区別することはできない。区別の仕様がない。それらは全て同一なのだ。
 一番最初の、大本(おおもと)の、宇宙など存在しない。合わせ鏡には『両端』など存在しないのだ。のっぺらぼうだ。
 ミラーハウスで二枚の向き合わされた鏡の間に入る。自分の像が無限に映る。その瞬間、『自分自身の本体』は消滅する。なぜなら無限数ある鏡の個数と同じだけの数が、すでに『自分自身』なのだ。一枚目の鏡に映った自分自身は自分なのだ。その世界では全くこの世界と同じで、全く同じ生活をしている。
 それは断じて、鏡に映った世界ではない。それはここと同じ世界なのだ。ただ鏡が邪魔をしてその世界に行けないだけだ。そんな『世界』が幾つも幾つも存在している。
 平行世界だ....

 阿Kが俺の横に立っていた。
「サカタ、落ち着くんだ。これが事実なのだ。真理だ」
「阿K、俺は認めたくない。この世は、この世は一体なんだというのだ。俺の生まれてきた意味は何だったのだ。俺がここにいる『存在』はどうなるのだ。いや、存在という意味自体が失われてしまったんだ!」
「おまえの存在の意味は俺と共にある。確かに俺達は神なんだ。おまえは宇宙を創造した。その宇宙がおまえのおふくろを造った。そして、そのおふくろはおまえを生んだ。つまり自らの手で自分を創り上げたのだ。それは神だ」
「いやだ! 草や花や樹も人類の知識も歴史も、俺の郷里の山河も、俺の子供も、妻を愛する俺の心までも、俺とおまえが創ったというのか! 全て、全て『機械じかけの宇宙』によって作られた機械だというのか。俺は認めないぞ!」
 阿Kは無情にも、
「しかたないが、それが真理なのだ」
 その直後、俺は阿Kの左頬を殴った。彼は宇宙製造機の横に倒れた。
「俺は今日の今まで、おまえは冷たい奴だと思っていた。自惚れ屋だと思っていた。だが憎んではいなかった。良き話相手だと思っていた。だが今、俺はおまえを憎んでいる。心の底から憎んでいる。この世の全てが無意味、自分も無意味だと理解したのに、おまえは冷然としている。おまえはやはり、世間の人々が言うように、ロボットだ。いや、宇宙がこのような状態であるのを喜んでいるふしがある。おまえは悪魔だ」
 彼は口から出た血をハンカチでふきながら、立ち上がって言った。
「まってくれ。俺も少々不安になったんだ。だから、だから、人工時間操作機をもっと早くまわしたら、この宇宙製造機の中の俺達の地球上において、未来になる(今、ここにいる俺達の時間よりも未来)んじゃないかと思った」
 彼は左手で宇宙製造機を指さした。そして、
「そうすれば、今、俺達のこの状況が今後どうなるかわかるかもしれないと思ったんだよ。ところがモニターを見ながら、人工時間操作機をまわしてみると、全然時間が進まない。それどころか、モニターに製造機の中の俺が映っていて、そいつも又、俺と同じようにモニターを見ながら、人工時間操作機をまわそうとしているんだ。つまり因果関係は破れないということだね。こちらの未来が来ていないのに、向こうで未来が訪れる筈はないからね。鏡の前に何か置かないと何も映らないのと一緒さ」
 俺は彼の右頬を殴った。そして、
「阿K、おまえの言葉を聞いていて、少しは人間の存在について考えてくれる奴だと早合点したよ。だが、おまえは喋りながら、この宇宙の因果関係は破れないことを発見して喜んでいる。だから再び殴ったのだ」
 阿Kは口から血を出していた。フットボールのように顔が腫れ上がっていった。
 俺は、
「俺は疲れた...。今から家に帰る」
 そう言って俺はドアまで走った。そしてドアを開けると、外の太陽の光が俺の目にさしこんだ。少しグラついた。研究所の庭にある森が見えた。種々の花々が咲き乱れている花壇が見えた。
 俺は今までのことが夢であってくれることを祈って、ふり返って、部屋の中を見た。
 だがそこには顔の腫れた阿Kが暗がりの中で立っていた。瀕死のタコのような『宇宙製造機』もそこにあった。そしてその中の宇宙も...
 俺は廊下を駆けだした。愛しい妻と子供のいる家へ。
 後ろから阿Kの声が聞こえてきた。
「サカタ、サカタ。待ってくれ! 待ってくれ...」
 だがその声は長い廊下の遥か向こうに消えていった。

 俺は家に帰った。妻と子供がいた。
 ここは何と平和な世界だろう。俺は妻を愛し、子供をかわいがっている。妻達はこの宇宙の真理、あの『真理』を知らない。だが、あえて知らなくてはならないのだろうか。いや、そんなことはない。むしろ知れば不幸になるばかりだ。
 ここには愛とやすらぎがある。俺が神であろうが、宇宙が無限個あろうが、全ての物は『機械じかけ』で作られていようが、そんなことは幸福には関係しない。阿Kが宇宙を造ったからといって、この心までもが阿Kのものなのだろうか。いや、違う。
 妻や子供の喜び、心、愛はあの阿Kに束縛されているだろうか。いや、違う。
 宇宙なんてどうでもいいのだ。あの宇宙製造機の中の小さな小さな俺の妻も、さらにその向こうにある宇宙の、小さな小さな小さな俺の妻も幸福に違いないのだ。これ以上何を望めというのか。
 それにしても阿K。阿Kには愛がなかった。いつも人からさげすまされていた。阿Kは不幸だった。淋しがり屋だった。
 俺は阿Kを可哀想に思った。

 俺が家に帰って、二、三日経った。俺はちょうどその時、子供と一緒に立体テレビを見ていた。
 いきなり臨時ニュースが始まった。宇宙の何処からかレーザー光線のようなものが、落雷のごとく降ってきて、正確に一軒、一軒、狙い撃ちにしているということだった。いまだ同盟を結んでいない外の星の人間の侵略かと思われた。
 俺は直感した。『阿Kだ...』
 俺は銃を持って研究所に行った。そして研究室のドアを開いた。
 そこには、やはり阿Kがいた。暗がりの中でモニターを覗きながら、新しくコンピューターに接続された銃のようなものをモニターに向かって撃っていた。その銃から出たレーザーは、モニターの中に映っている住居に狙い違わず当たっていた。
「阿K、やめるんだ」
 俺がそう言うと、彼は撃つのはやめたが、そのままモニターに映し出される住居の燃え方をじっと見ていた。
「サカタ、わかるだろ、俺の考えたことが。俺は今まで確かにレーザー銃を撃っていた。ただし、あの宇宙製造機の中に撃っていたのだ。しかし、俺が今、こうしているということは、俺達よりも大きな俺(いわば、今、この俺達が住んでいる宇宙を造った俺)が、この宇宙に向かってレーザー光線を撃つだろう。すると俺が撃った家と同じように現実の家へも落ちるだろうとね。多分、この製造機の中の『俺』もより小さな宇宙に向かってレーザーを撃っているだろう。合わせ鏡の無限の像のようにね」
「何故そんなことをする」
「復讐さ。今、燃えている家の住人は全て、俺を昔から苛めてきた奴等の家なのさ。復讐して何が悪い! 俺は産まれながらの嫌われ者だった。俺は確かに変わり者だった。暗い人間だった。だが暗いからこそ、人一倍明るくなりたい、という欲望があった。しかし駄目だった。何故だかわかるかい」
「そんなことはわからない。とにかくこっちを向け。銃を持ってきた。おまえを殺すためだ。宇宙製造機を作った責任者として、おまえを殺さなければならない」
 阿Kはゆっくりとこちらを向いた。顔は俺が殴った時と同じく、腫れたままだった。
「サカタ、頼むから聞いてくれ。俺の唯一の友人として。俺達は昔から人工生物や人工知能について話しあっていたな。俺はその人工生物なんだよ」
 俺は頭をハンマーで打たれた時のような、ひどいショックを受けた。危うく銃を落としそうになった。
「俺は人工生物なんだ。フラスコの中で産まれた。気が付いたら、研究所の中で育っていた。そして実験データを全て測定し終わると、チャイナ・エリアの片田舎に捨てられた。付近の住民は俺が人工生物だと知っていた。俺は苛めぬかれた。だが俺はたった一人で生きた。金を奪って、このジャパン・エリアへやってきた。まだ幼い子供だった。俺は養子として独身の男性に育てられた。その男は工場主だったが、やがて科学の力が人工知能を産みだした。そして人工知能がその男に取って代わって工場主になったのだ。男は自殺した」
 俺は茫然と阿Kの身の上話を聞いていた。いつの間にか銃を床に落としていた。
 阿Kは続けた。
「俺は科学によって産み落とされた化け物なんだ。しかし俺も人間だ。何一つ他人と変わるところのない人間なのだ。人間だからこそ怒りがこみ上げてきた。一般の人間に復讐しようとな。俺は勉強した。人工生物、人工知能、科学の素晴らしさを! そして俺は科学によって復讐をとげようと決心した。今や、それが達成しようとしている」
「阿K、確かにおまえが復讐したい気はよくわかる。俺とおまえは宇宙を造った。俺達は神に似た存在かも知れん。だが宇宙を造ったからといって、その宇宙に住む生物を殺す権利があるだろうか。本物の神がいたとしてもその権利はないだろう。おまえは間違っている。俺の妻や子供の心までもおまえが所有している筈はない。神にすら所有できない。俺達、神でさえも犯してはならぬ領域があるのだ」
「その通りだよ。サカタ。俺は神としてではなく、一人の哀れな、存在の無意味な男として復讐しようとしているだけさ。人工的に造られた無意味な人間が無意味な人工生物を造った。その生物はさらに人工的に宇宙を造って無意味な人間を造った。まるで喜劇じゃないか。ハハハハッ、ハハハ...」
 暗い研究室で阿Kは泣きながら虚しく笑った。
「サカタ、俺達は知ってはならぬことまでも知ってしまったのだよ。それだけで生きる希望なんかなくなるのさ。世間一般に宇宙の構造はこうでしたと発表したら大パニックさ。半径二メートルの球の宇宙さ。合わせ鏡のね。ハハハッ。サカタ、俺はやはり復讐するよ。世間一般に対してではない。こんな摂理を仕組んだ誰かに対してだ。おまえは俺を殺すつもりだろう。だが俺は自殺する。この無限に続く宇宙を道連れにして」
 その言葉を聞いた直後、俺は落としていた銃をひろって阿Kに照準を合わせた。だが一瞬早く、阿Kの指がコンピューター上のスイッチを押した。その数秒後に俺の銃から発射されたレーザー光線が阿Kの胸を打ち抜いた。
 阿Kは胸から血を噴きながら、コンピューターの横に倒れた。部屋の中央に置かれた宇宙製造機がブーッ、ブーッと音をたて始めた。
 俺は急いで阿Kの横にひざまづいた。
「オイ、起爆装置のスイッチを押したんだな。停止させるにはどうしたらいい」
 俺は彼の頭を抱きかかえながら尋ねた。
「そんなものは、ついてないよ。サカタ、おまえは親友だった。嬉しかったよ。だけど、こうすることによって、俺はこの世界を、君を、俺自身を、そしてそれらの存在というものの意味を救ってやるような気がするんだよ。許してあげるような気がするんだ。俺がこうしなくても、いつか必ず誰かがスイッチを押しただろうな」
 死んだ。俺の腕の中に、俺が殴った傷跡のある阿Kの顔が残った。
 俺自身も阿Kを傷つけ、苛めた一人だったのだ。暗闇の中で、宇宙製造機の鳴らす騒音の中で、俺の腕の中で、安らかな死顔を残して死んだ。
 ふり返って見ると、宇宙製造機は音を立てながら赤熱していた。俺はコンピューター上の様々なスイッチを操作したが効果はなかった。
 やがて宇宙製造機は白熱していった。宇宙が終わる。
 俺は妻や子供の顔を、声やぬくもりを、彼等にささげた愛を思いだしていた。
 合わせ鏡の宇宙、俺達の宇宙が終わろうとしていた。その瞬間はおそらく合わせ鏡を割った時のように、個々の世界はちりぢりになるに違いない。無限個ある宇宙は無限に壊れ続けてゆくだろう。
 宇宙製造機が爆発した。その中から、黒い宇宙空間と、小さな星が飛び出してきた。その途端、俺のまわりのものが急に透明になりだした。そして輪郭が消えだした。壁も、コンピューターも、阿Kも...
 俺は製造機から飛び出した小さな星を手にとろうとした。それはキラキラ輝いて美しく、又、暖かった。しかし、それをすくいとろうとしている俺の手も透明になって、虚空に消えようとしていた。
 宇宙は急速に消滅していった。

『人間の追い求めた科学とは何だったのだろう? 人工生物も造り、人工知能も造り、宇宙までも造った。その時、人間は科学の限界を知った。科学は一度でも人間に精神的な喜びを与えたことがあっただろうか。今、科学は科学自らを破壊したのだ。ああ、阿Kよ.......

                    1988/7/27

     by 坂本 誠

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