彼は目を覚ました。いや、目を覚ますという表現よりも、意識が覚醒したと表現した方が正しい。彼は何か夢を見ていた。ぬくもりを感じられた。だが思い出そうとしても、どうしても思い出せないのが常である。彼が人間のように夢を見るようになったのは、ここ最近のことである。彼は思った。
「又、人間に一歩近づいた」
 だが夢の内容を思い出せないのならば、それはまだ人間として失格であることも彼は承知していた。
 彼は立ったまま眠る。したがって目をさます時も当然立っている。彼がどこにいるかというと、それはとてつもなく大きな部屋の中である。周囲一面が闇である。上を見上げても天井がどこにあるのか、さっぱり見当がつかない。四方八方を見回しても、やはり一面の闇である。とてつもなく広い部屋である。何故、ここが「部屋」と判断できるかというと、彼の前方に扉があるからだ。そして、その扉は半開きになっていて、扉の向こうから光が射し込んでいる。扉があるからには、ここは部屋の内部に間違いない。
 彼の高性能の目は、遥か彼方にある、その扉を見ることができる。その扉の成分は木材である。まったく装飾されていない。取っ手は真鋳製である。扉の向こうから来る、強い白色光のため、向こうの世界の状況は判断できない。それ程、離れている。
 彼は長い間、この扉を目指して歩き続けた。どのぐらい長いかというと電子頭脳が忘れる程である。いくら自分の記憶を探ってみても、解答が与えられない。扉には到着できない。それどころか彼が歩けば、歩くだけ、扉が遠ざかっているように感じられる。彼はただ黙々と歩き続けるだけである。
 又、何のために彼が扉に向かっているかという目的すら、不幸にも、彼は忘れてしまった。目的があったことは確かである。というのは以前、彼の内部に大勢の人間が住んでいたからである。人間達はそこで暮らしていた。豪華な暮らしぶりだったらしい。もっとも、今となっては無数の白骨が彼の内部にあるだけだ。彼は何回となく、自分の内部に取りつけられたスコ-プによって、その白骨を眺めてきた。人間が以前、そこに住み、そして彼を動かしていたということは何らかの目的があった筈である。又、何故、彼がこのような大きな部屋に閉じ込められているか、その理由も人間達は知っていた筈である。
 又、大勢の人間がそこに暮らしていたことから、無論、彼のボディは巨大であった。鋼鉄製であった。円筒型の頭をもっており、その中央に赤々と光るボタンのような目があった。胴体にあたる部分も巨大な円筒型であった。人間の腕と思われる部分に、機械が露出していた。多分長い年月の間にとれてしまったのだろう。足も随分と老朽化が進んでいた。二本の足のあちらこちらに穴が開き、やはり、機械が露出していた。おかげで彼は左足をひきずるようにして歩くのである。
 ガチャリ、ガチャリ、と巨大な足音を、これまた巨大な部屋の中で、うつろに響かせながら歩くのである。その都度、彼の内部にある無数の白骨体は微妙に揺れ動くのである。
 彼は今日も扉に向かって歩く。そして彼は今日も自問する。
「何のために俺はあの扉に向かって歩き続けるのだろう。そしてあの向こうには何があるのだろう。ここはどこだろう。一体人間達は何の目的で俺を作ったのだろう。わからない」彼がその理由を聞こうとしても、彼の内部には白骨があるばかり。扉の向こうから光が射してくるだけである。
 ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ
 足音が巨大な部屋の中でこだまする。
 以前、彼は確かに目的を持っていた。それさえ思い起こせたら。あの扉。あの扉は彼に要求していた。
「歩き続けろ」
 こんなにも彼は長い間歩き続けている。なのに何故、あの扉は彼の期待に答えようとしないのか。この巨大な暗闇は日毎、彼を押しつぶして行くように思われる。彼は独りぼっちだった。それはおかしい。彼はロボットなのだ。「孤独」という感情を味わえる筈がない。人間ではないのだ。だが、最近の夢を見るという行為は何か。人間に近づいているのだった。極限にまで人間に近づき続けるだろう。だが彼はロボットなのだ。感情等を持つことは強く禁じられている。誰に禁じられているのか。彼は考えた。それは多分あの扉だろう。こんなにも、はっきりと扉が、彼の赤い目に映るのに、人間達が死滅する程長く歩き続けているのに、扉はそれを拒むのである。
      ガチャリ、ガチャリ
 彼は半永久的な動力を持っている。彼は歩き続ける。
 彼は人間達を呪った。いや、呪ったつもりだった。何故、人間達は彼を製造したのか。あの扉に向かうためだけに彼は造されたのか。そう考えると彼は人間達を呪いたくなるのである。呪いたくなるだけであり、呪えない。そう思うと彼は矢も盾もたまらず、扉に向かって歩くのである。そして扉は逃げ続ける。
      ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ
 ひょっとすると扉に向かい続けるという行為自身が、目的だったのか。扉に到達するということは問題ではなく、永遠に、この巨大な部屋の闇の中をさまよい続けることが目的ではなかったのか。
 彼の赤い目に扉が映る。その取っ手が目に映る。それは確かに彼のために用意されたものだった。だが今となっては、その取っ手をつかむ腕がないことに彼は気が付いた。
 そう思った瞬間、いきなり扉が近づいた。彼はあせった。そして自分の目を疑った。彼は歩調を速めた。解答が与えられそうな気がした。真っ暗な闇の中で足音が高まりだした。                                                   ガチャン、ガチャン、ガチャン
 歩調を速めることが彼の足に、老朽化した彼の足に、負担をかけるのは当然だった。彼の足の穴から、ボロボロと機械がこぼれ始めた。彼は無我夢中だった。彼は夢の内容を思い出せそうな気がした。
 そう思うとさらに扉は近づいた。彼の赤い目は輝きだした。見たい。あの扉の向こうに何があるのか。彼は漠然とした予感に襲われた。人間達が追い求めていたもの。それは決して手に入れることができないものなのか。それは現実に存在するものではないものなのか。すると、あの扉は幻影・・・
 すると扉が目の前にあった。彼の足はほとんど壊れかけていた。彼は歩くのをやめていた。彼は百八十度、頭を回転させ自分の背後を眺めた。彼の歩いた跡に、足の穴から、こぼれでた機械があった。暗い暗い闇の中に。一直線に。
 そしてその機械の間に何か白いものが混じっていることに気が付いた。それは足の穴から、こぼれでた人間の白骨であった。歩調を上げたために、白骨をこぼしてしまったのである。まるで暗闇の中に続く白い道のようだった。それが彼の背後にずっと続いているのだ。
 再び彼は百八十度、頭を回転させ、扉に目をやった。目の前に扉があった。
 彼は夢の内容を思い出せたような気がした。扉を開こうと思ったが、腕がないので、できない。彼は仕方なく、半開きになった扉の隙間から、向こうの世界を覗こうとした。
 彼は、ほんの少しの間、ためらった。というのは、これから夢の内容がそっくりそのまま行われる筈だったから。
 しかし彼は意を決して扉の向こうを覗いた。強い白色光のため、最初は何も見えなかった。だが目が慣れるにしたがって、少しずつ見えだした。
 真っ白な空間があった。そして、そこには、彼が、人間となった彼自身がいた。彼の肉体は姿形がなく、つまり透明であったが、確かに人間となった彼自身がいた。しかも、死んでいた。人間になった彼は、鋼鉄の身体の自分自身にやさしくほほ笑みかけた。
 彼は、正真正銘、夢の内容を思い出せたのであった。

            1992/9/13

     by 坂本 誠

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