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2012年5月 7日 (月)

二千七十二: UFOについて_No.2

こんばんわ。

二千七十一:UFOについて』の2段目です。
最近は、よくテレビやインターネットでもUFOの画像を見る機会があるものです。

実に、素晴らしい動きをしているのに気が付きます。
何台かのUFOが空中で、円を描いていたり、時には、アクロバット飛行、曲芸飛行ですね、アクロバット飛行を見せてくれて、意外に人々はその動きの素晴らしさに感嘆するのではないでしょうか。

地球人の、あの戦闘機を使ったアクロバット飛行よりも、UFOのアクロバット飛行の方がはるかに人気を得ると思います。
しかも、騒音も出しませんし、見たところ、UFOの墜落事故もほとんど聞いたことがありません。

アクロバット飛行で、地球の人々を楽しませてくれるという観点からしても、実に、そのUFOの中にいると推定されている宇宙人は友好的だと思われます。
宇宙人は、地球人に美しくて楽しいアクロバット飛行を見せてくれている、と考えられないでしょうか。
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しかし、次の問題点は、UFO中にいると推定される宇宙人の容姿でしょう。

米国の映画監督スティーブン・スピルバーグの映画『未知との遭遇』や『E.T.』は大ヒットしました。
その宇宙人達は容姿は違っているものの、地球人類に友好的でした。
また、『未知との遭遇』では、巨大なシャンデリア型のUFOがある山に降りてきたのを記憶しています。
そのUFOが降りてくるシーンも大分美しかったと記憶しています。

あのように、容姿は違えども、友好的な宇宙人が描かれている映画が少なったのが残念に思います。
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また、宇宙人との友好的な接触を描いた映画ではないのですが、ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』シリーズがあります。
確かに、星系間の戦争を描いた作品ですが、その映画の内部を見てみましょう。

色々な宇宙人が出てきます。
ハン・ソロ船長の右腕役の「チュー・バッカ」とかは、ちょっと猿人のような姿をしていますが、ハン・ソロ船長の有能な部下だったでしょう。
それとか、ジェダイの長老のヨーダもいました。

「スター・ウォーズ」の新シリーズのファントム・メナスとかでも、実に様々なタイプの宇宙人が出てくるのに気が付きます。
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また、米国のテレビ作品の「スター・トレック」にも、様々な容姿の宇宙人が出てきました。
有名な「スポック」とかも、耳がだいぶん、上に長かったですね。

確かに、「ストーリーのために、戦闘シーンがある」というのは、惜しむべき点ですが、UFOが地上に降りて来て、その内部から宇宙人が出て来る時は、上記の映画の中に現れた宇宙人の容姿を思い出した方が良いと思うのです。

上記の映画の中でも、様々な人達(宇宙人)は、何の違和感も無く、語り合い、生活をしていました。
ですから、あのような映画を一つの予習として、見ておくことも、私達地球人の良い予習となるかと思います。
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ですが、宇宙人が地球を侵略してくるというパターンの映画はやめた方が良いと私は思います。

「宇宙人が地球を侵略してくる」というのが、あらすじですから、もう、その宇宙人たちの容姿が不気味なスタイルをしているのですね。
「宇宙人が攻撃的である」という印象を観客に与えるために、わざと、不気味なスタイルを宇宙人に与えていると私は思います。

逆に考えたら、これは、宇宙人に対して、失礼な映画を地球人側が作成したのではないのか、と思えるぐらいです。
(やはり、これらの背景には、今まで地球の上で多くの戦争があり、『異民族が我々を攻めてくるのだ』という恐怖感が、地球人の心の歴史の中に多く刻まれているからではないかと、私は思うのです。しかし、考えようによっては、つい先日、「衛星を発射した」と主張している隣国の地球人の方が、もっと怖いのではないのか、という気が私にはするのですが)
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ですから、地球人の私達は、『未知との遭遇』や『E.T.』、少なくとも、容姿の違う人々と気楽に付き合っているシーンの描かれている『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』を楽しく、予習として見るべきではないかと、私は思います。

また、テレビでも、時々、宇宙人ものの番組をやっている時があります。
あれも、まだ、ちょっとセンセーショナル的な音楽をバック・グラウンド・ミュージックとしてかけています。
あのセンセーショナル的な音楽も変更して、『未知との遭遇』や『E.T.』のような美しい音楽をバック・グラウンド・ミュージックにかけた方が良いと思うのです。
そちらの方が視聴率が上がるのではないでしょうか?

最近、テレビの視聴率が下がっていると聞きますので、この際、逆の感じの美しい音楽をかけた方が、UFO番組の視聴率が上がるのではないかと、私は考えます。

                坂本  誠

2012年5月 3日 (木)

二千七十一: UFOについて

こんにちわ。

ちょっとした以前から、地球外生命体やUFOのことについても書いている私です。
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確か、ドイツの方で、地球上で飛行船が作られたと私は聞いています。
ツェッペリンという人の作った飛行船が初めてだったでしょうか。
その飛行船が空を飛んでいる時、始めて見た人々は驚いたそうです。

なにせ、見知らぬ大きな物体が空を飛んでいるわけです。
しかし、時間が経てば、人は次第に見慣れるものです。
今では、空に広告用のアドバルーンや飛行船が飛んでいても、誰も驚きません。
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また、米国のライト兄弟が飛行機を発明したと聞いています。
やはり、この飛行機も、何も聞かされず、初めて目にした人は驚いたことでしょう。

なんだか、わけのわからないものが空を高速で飛び回っているわけです。

しかし、時間が経てば、誰でも、飛行機の機体を見て、驚く人はいません。
つまり、人間、見慣れれば、違和感が薄れるものです。
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それと同じように、UFOと呼ばれる物体が何気なく空を飛んでいても、多くの人々が見慣れれば、「また飛行機が空を飛んでいる」という感じを抱くのではないでしょうか。

それにビデオなどで見たところ、騒音も出ていませんし、排気ガスも出ていないようです。
地球の大気も汚していないでしょう。
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今、インターネットとかで、UFOと言われているビデオがよく紹介されています。
だから、多くの人が、UFOと思える機体が空を飛んでいても、「飛行機に似たようなものだ」という感覚を持てば、誰もUFOに違和感を感じる人はいなくなるかと思います。

また、排気ガスも出さないし、騒音も出さないならば、地球の大気も汚さないでしょう。
ですから、「私達は、早く、そのような乗り物が地球上に普及すれば良いな」と願うかと思います。

                        
                        
                坂本  誠

2011年12月31日 (土)

千四百十六: NHKスペシャル『山田洋次・SLを撮る』を見て

大晦日の大掃除をしている間、不意にテレビの前を通り過ぎると、NHKスペシャル『山田洋次・SLを撮る  よみがえった名機関車』が目に入りました。
私は自分の大掃除の手を、しばし止めて、テレビを見始めました。

「新しく機関車を作ろう」というのではなく、ある場所に保存されていた機関車を修復して、それを走らせよう、という試みでした。
当然、鉄道ファンで無い人でも、その修復作業の難しさが予想できると思うのです。
ある程度、難しいプロジェクトと言えるでしょう。

テレビを見ていたら、やはり、ある場所に保存されていた機関車の内部にはかなりの錆や亀裂などが入っており、とうてい、そのままで使用できる状態ではありません。
その機関車を一つ一つ分解するのにも、かなり、手間がかかっていました。
また、その機関車の車体に大きく穴の開いた部分もありました。
その穴を修復しても、別の箇所に悪影響がありそうでした。
また、SLのシリンダー部分の撮影などもされており、昔のメディアでは、当然、資料が残されていなかったかと思われます。
SLが最後に作られたのが、戦後間もなくだったらしいので、画像に残されていない部分だったのでしょう。
貴重な映像にもなったかと思われます。

また、ボイラー部分も一つ一つ丁寧に分解されていきました。
そして、ボイラー部分を組み立てる時に、リベット接合と呼ばれる、現在ではほとんど使われていない技術がそのまま使われました。
つまり、日本というのは、忘れ去られようとしている技術でさえも、修復可能なことを意味しているかと思います。
「新しい技術を生み出そう」というのは、普通、誰でも考えることでしょうが、「忘れ去られようとしている技術を継承しよう」という試みも、日本は上手いことを意味しているかと思います。

確かに、現在では、日本刀はほとんど製造されませんが、ごく少数の人に伝承されていることを私達、日本人は知っています。
やはり、日本人の温故知新の精神を学ぶことが出来ます。

そして、何年間かの時間をかけて、ついに、SLは完全に修復されて、本当のレールの上を走ります。
確かに、新幹線のように速く走らないでしょうが、私達があのSLの懐かしみを感じるのはなぜでしょうか、、、
あの汽笛の鳴り具合と走る様が良いのでしょうか、、、

SLファンは多いと聞きますが、確かに、「SLのどこが良いのか?」と他の人から尋ねられても、あまり、明確な答えは誰も出せないのではないかと思います。
登山家の人に、「なぜ、あなたはそんな危険な思いをしてまで、山に登るのですか?」と、私達が尋ねても、登山家が「そこに山があるからだ」と返事をされるのに似ていると思います。

ともあれ、また新たな意味でのプロジェクトXが誕生したかと私は思いました。Img7d9406586580
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追加です(2012/1/1)。

登山家のエピソードを上に書きました。
それから考えると、SLファンで無い人がSLファンの人に、「なぜ、あなたはそんなにSLが好きなのですか?」と、尋ねても、きっと、SLファンは「目の前にSLが走っているからだ」と返事をするかもしれないですね。
              
              
                             
              
                坂本  誠

2011年12月14日 (水)

千三百九十三: 駐車場について

駐車場について考える機会がありました。
最近の大型複合商業施設では、どこでもそうですが、かなり広い駐車場を持っています。
たいていのものは屋上に作られた駐車場と館内に作られた駐車場があるようです。
読者の方々も見たことがあると思います。
館内に作られた駐車場は地下にもあるようですが、たいてい、下にあるショッピング・センターの上に作られているようです。
仮にショッピング・センターが3階までとすると、その上の4階に駐車場があるとか。
そして、その4階の上に、5階の駐車場、つまり、屋上の駐車場が設けられているようです。

館内の駐車場と屋上の駐車場の雰囲気がだいぶ違うことに気が付きます。
雨の日にショッピング・センターに行く時は、たいてい、誰もが屋内の駐車場に車を駐車したがるものですよね。
なぜならば、雨に濡れないからです。
屋上の駐車場だと、雨の日に濡れてしまいます。

しかし、私個人の感想では、晴れた日は屋上の駐車場に駐車したがるものです。
大型複合商業施設というものは、広い面積を持っていますから、屋上の駐車場に停めると、広々とした雰囲気を味わえるものです。
ですから、なんとなく、爽快感を感じます。
確かに、猛暑の日はさすがに屋内駐車場を好みます。
しかし、街の中で広々とした空を眺めることが出来るのは、最近ではショッピング・センターの屋上駐車場でしょう。
考えようによっては、全然、車を入れないで、野球などを楽しめるかもしれません。
あるいは、屋上駐車場のスペースに植物を植えても良いかもしれません。
若干、虫の発生の問題とかもあるかもしれませんが、屋上に植物の緑があることにより、その下の階の温度が下がったりするのですね。
また、真夏の暑い日に緑の植物があれば、少しは涼しさを感じるかもしれません。
コンクリートだけだと、真夏の日の照り返しで、暑さを感じるのですね。
しかし、この問題は、その商業施設のオーナーの考えによるでしょう。

それに比べて、屋内駐車場というのは、光が少ないので暗いです。
暗いとどことなく寂しさを感じるものです。
ですから、私は、どちらかと言うと、屋上駐車場を好みます。
でも、屋内駐車場も考えようです。
意外に真っ暗だし、車の音とかが聞こえるだけで、意外に精神集中が出来るかもしれません。

屋外駐車場と屋内駐車場の雰囲気の違いを時と場合によって、感じるのも良いかもしれません。Sa
               
               
               
                坂本  誠

2009年8月16日 (日)

百九十一: 蒸気機関車

蒸気機関車を見ていると、なぜか郷愁とちから強さの二つを感じる。Img7d9406586580

郷愁を感じるのは、やはり時代物だからだろうか。
どんどん速い列車が生まれていく中、蒸気機関車が取り残されてゆくように見える。

一般に「乗り物bullettrain」と言われるのは、速い方が好まれるようだ。
「人間の乗り物は速ければ速いほど良い」、と言う考えが浸透している。
だから、人間は全ての乗り物において時速の速いものを開発している。
乗り物のスピードの遅いものは第一線の開発現場では敬遠されているように見える。
「乗り物は速ければ速いほど良い」という考えは多少、何かの間違いを含んでいるかのように感じる。
だけど、乗り物の速さを競う開発もいずれは限界が来るだろう。
私達に知られている限り、宇宙空間で飛んでいる人工衛星が一番速い乗り物だろう。
しかし、人工衛星はたった一つの石ころに当たっただけでも、大変な被害が出る。
それだけスピードが速いからだ。
多分、人間の乗り物は速いスピードで移動する乗り物よりも、瞬間的に物質を移動させるようなスピードに依存しないような乗り物が遠い未来に作られるだろう。

だいぶ話が発展してしまったけれど、蒸気機関車の郷愁を感じさせる面としては、何がしか、人間の過去を思わせるからだろう。
どんどん速い乗り物が出来ていって、蒸気機関車が取り残される姿を見るのは、なぜか、人間の過去を見るような気がする。
なぜか蒸気機関車が私の幼少の頃の記憶に似ているように感じるのだ。
「取り残されるもの」の代表は人々の心の中の昔の記憶だからだ。
多分、他の多くの人も同じ事を感じるかもしれない。
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いま一つ蒸気機関車に感じるのは、ちから強さだろう。
時代が進むに連れて、乗り物は流線型になってきている。
流線型でなければ、速いスピードが出ない。
空気の抵抗があるからだ。
それに比べ、蒸気機関車はなかなか流線型とは言いがたい。
かなり無骨な形をしている。
その無骨な形が、かえってちから強さを感じさせる。
流線型をした最近の新幹線は、空気を日本刀で裂いていくように感じられる。
しかし、蒸気機関車は、空気をハンマーで叩き割っていくように感じられる。
その空気を叩き割るような雰囲気と言うのは、これはちから強さだ。
蒸気機関車は無骨な男を連想させる。

蒸気機関車の全盛だった頃、子供達は公園などで、「列車ごっこ」とか言う遊びをしていた。
2,3人が前後に並んで、蒸気機関車のマネをするのだ。
その蒸気機関車のマネをする時に、手を前後に動かしていた。
蒸気機関車は駆動力を各車輪に伝えるために、車輪を連結させているロッドと呼ばれる腕状の鉄棒を使う。
シリンダーで生まれたちからを車輪に伝えるのだ。
そのロッドが腕に似ていると言うわけだ。
その腕に似ているところを持っているなど、やはり人間の男に似た乗り物だったと言えるだろう。

そして機関車が動き出す瞬間は、列車全体に「ギシリ」と大きな音を立てていた。
いかにも重量物を運び出そうとしているように感じられる。
現代の列車は改良が進んで、列車発車の直後のあの「ギシリ」はほとんど感じられないようになっていると聞く。
あの「ギシリ」という体感があったところも、やはり如何にもちから強い存在を感じないではいられない。

         坂本誠

2009年3月16日 (月)

夜行列車

闇の中を列車が走ってゆく。
僕は列車の最後尾のタラップにいて、闇の中に消えてゆくレールを見ている。
過去が消えてゆくようだ。
タラップから自分の眠るべきベッドに戻ってきた。
ベッドから窓の外を見ると、わずかな民家の灯りが蛍のように、窓の端から現れ、窓の端へと消え去ってゆく。

対面方向のレールを見ると、激しい光が明滅して、僕と平行に走っている。
列車のパンダグラフが電線との摩擦によって、スパークしているのだ。
スパークを背負いながら、列車が走ってゆく。
列車の小刻みな振動はゆりかごのそれのように僕をまどろみに誘う。
タイムトンネルの中を駆け抜けてゆくようだ。
僕の眠りの間に星々の中を走るのだろう。
賢治の感じた銀河鉄道の夜も、このようなものではなかっただろうか。
これから眠るので、この文も眠りの中に消えてゆくだろう。

                    坂本誠

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