カテゴリ「スポーツ」の5件の記事 Feed

2012年1月23日 (月)

千四百七十一: 冬のランニング(独白)

冬のランニングと夏のランニングは、まるで違う。
健康療法として、ランニングとウォーキングをしているものの、冬のランニングには何をか感じてしまう。

冬の雨が上がった後、少しずつ冷えてきた。
これから寒くなるらしい。
そう言えば、この前、正月に箱根駅伝があったっけ。
夏のランニングの際には、汗が出て、一苦労するけれど、冬のランニングは、パリッとした張り詰めた空気の中を走るので、どこか気合いが入る。
どこか、キーンとしたものを感じる。
その「キーン」としたものが何かは、あまりよくわからないのだが。

最近のメディアで、寒中水泳などの光景を見かける。
水泳自体が問題なのではなく、明らかに、自分の心に気合いを入れるためだとわかる。
寒中水泳する人でも、色々な人がいて、様々な人がいるだろうけれど、どこかしら、自分自身に気合いを入れたいのだろう。

確かに、激しい荒行苦行の中に温和な何かを求めることは無いだろう。
しかし、時として、人は「その気合いが欲しい」という意味合いで、寒中水泳や滝行を求めたりするのだろう。
気合いで無いまでも、「パリッ」とした何かを求めるために。Img7d93a04f25a8
               
               
               
                坂本  誠

2011年7月18日 (月)

千百五十一: スポーツについて

つらいことがあった時に、余計にスポーツをしてしまいたくなる人も多いかと思います。
なぜだか、わかりませんが、自分にとって、つらいことのものに打ち負かされたくないからだと思います。
自分の抵抗物に押し流されないために、スポーツをするのでしょう。
負けん気というところでしょうか。

スポーツをしたからと言って、自分のつらいことのものに何か変化があるかどうかわかりません。
しかし、少なくとも、心身を鍛えたことによって、自分の課題やつらいことに取り組む心構えが違ってくるのに私達は気が付きます。
何か不思議なものを感じてしまいます。
-------------------------------------
ここまで書いていると、昨夜、女子ワールド・サッカーで優勝した「なでしこジャパン」さんのことを思い出しました。
そう言えば、私も中学生の時、よく昼休みの時にサッカーをしました。
元気良く走ると何もかも忘れていました。

サッカー女子の「なでしこジャパン」さん、世界一の座に着きまして、おめでとうございます!
日本全体を励ましてくれて、ありがとう!
ドイツから日本に向かって、希望の光のボールをKICK・OFF!

                坂本  誠

2011年5月 1日 (日)

九百四十二: フィギュア・スケートを見て

おはようございます。

実は私はフィギュア・スケートが好きです。
やはり、女子フィギュア・スケートに華やかなものを感じます。

美しい踊りと美しい演技と美しい音楽が組み合わされていて、他の多くの人々も見ていて、心が癒されるかと思います。
特に、女性が手を広げて、銀盤の上を一直線に滑っているシーンに感動します。
よく「銀盤の女王」という表現を聞きますが、私が上のシーンを見て感じるに、「銀盤の上の女飛行機」という言葉が思い浮かびます。

女性の飛行機が華麗に氷上の上を飛んでいるのですね。
------------------------------------
また、あのフィギュア・スケートで使用される特注の衣装にも感動します。
選手のコーチなどが考えて、発注するそうですが、「実に美的感覚にあふれているなあ」と感心します。
あの衣装のデザインもよほど、考えて作っているだろうと思います。
------------------------------------
あと、私が思うに選手の方も神経をかなり使うだろうと私は推測しています。
大きなリンクの上で、多くの人が見ています。
テレビ中継で、今では世界中の多くの人が見ているかと思います。

私達でも、多くの人の目の前で何かを語る時は、かなりプレッシャーを感じるものです。
それを彼女達はフィギュア・スケートを通して、やっているわけです。
また、語るだけではなく、演技を行っている。
やはり、相当なプレッシャーがあると思います。
------------------------------------
ともあれ、美しいフィギュア・スケートを見せて頂き、本当にありがとうございます。
心が潤います。

------------------------------------

       フィギュアスケートの女

  虚無の空間の中に
  浮かび出る一人の踊り子。
  空間の壁から音楽がにじみ出る。
  踊り子は音楽に合わせて、静かに踊りだす。

  彼女が高く片手を上げる時、
  白鳥が首を上げて、
  翼を広げ、飛び立つかのよう。

  彼女が左右に流れる時、
  精霊が水の上を、
  漂うかのよう。

  彼女が跳ぶ時、
  魚が身をくねらせて、
  水から跳ね上がるかのよう。

  彼女が回転する時、
  白銀の風が、
  きりもまれるかのよう。

  彼女の胸に湧き上がる喜びは光。
  汗をふりまくように黒い空間に飛び散る。

  この空間を埋めるために
  彼女は無心で踊り続ける。
  美と喜びで満たすために。

                詩集『光と闇の唄』より

             坂本  誠

2010年6月23日 (水)

四百九十四: 目標とスポーツ

忙しさも大事だ。
そして、ゆったりすることも大事だ。
やっぱり、つらい目に会った時は、そのつらさを忘れるための薬は一つは忙しくすることだと思う。

忙しくすることと言ったら、一つは目標を持つことだと思う。
ノルマを作り、何かの数値を掲げて、それに向かってダッシュするのだ。
でも、過酷な競争ではなく、スポーツのようにお互いを切磋琢磨した後に、にっこりと笑って、「お互いに良かったね」と、スポーツ精神のように、何かに励めば、良い意味での競争になる。
やはり、死活問題のように競争を捉えるべきではないと思う。

多くの人々はフィギュア・スケートを見るのが好きだと思う。
芸術的な美しさもあるし、また、スポーツでもある。
フィギュア・スケーター達は、スポーツ精神に則って、競争し、リンクの上で彼等自身のたった一つだけの華を咲かせる。
テレビを見る人々にしても、スケーター達から流れて出て、咲き乱れる華々がさらに乱舞し続ける様を見るかもしれない。
そして、競争が終わった後は、お互いにほほえみを浮かべて、「お互いに良かったね」と言いながら競技を終えるのだ。
そして、終えた後に、お互い、ゆっくりするのだ。
このような良い意味での競争は、あっても良いと思う。
-----------------------------------------
        海王星の花
                        
真っ暗な空の下
氷の海が広がっている。
しかし、その氷は  なぜか液体だ。

その海の上で
誰も見ていないのに
一組の女と男が  スケーターのように
踊り続けている。

女は天頂を目指して  上に滑り続ける。
男は女の周りを  回転し続ける。

めしべは上に登り続け
おしべは水平に広がり  回り続ける。

人のいない場所でも花は咲く。
海王星の花を見た。

        詩集『赤い炎と青い水』より20100610135952
-----------------------------------------

         坂本 誠

2009年10月17日 (土)

二百四十六: 「ONの時代」を見て

2009年10月12日にNHKで「ONの時代」というテレビ番組が放映された。Img7d93f9c01491 tv
私はあまりテレビを見ないのだが、家族が留守にするので、まだ子猫である我が家の猫ミリィの世話をしないといけないため、テレビのある部屋に来て、ミリィを世話しながら、暇を潰すため、テレビのチャンネルを回した。
すると、番組「ONの時代」の冒頭がいきなり始まった。
------------------------
もしかすると、知らない人もいるかもしれないので、ここに書いておこう。
「ON」の「O」とは巨人軍の王貞治選手のことだ。
「N」は長嶋茂雄選手のことだ。
長嶋茂雄選手は天才打者と呼ばれ、王貞治選手はホームラン王だ。
そして、現役を退いた後で、二人とも監督になり、それぞれ苦しみながらも栄冠を勝ち取っていった。
------------------------
テレビ番組「ONの時代」はゴールデンアワーで行われているプロ野球の舞台裏を覗いたものである。
高校野球でもプロ野球でも、筋書きの無いドラマがくり広げられているが、舞台裏でも熱いドラマがそこにはあった。
普通、「野球」というスポーツは筋書きの無いドラマだ。
確かに、私達がテレビで見る野球には筋書きが無いかもしれない。
しかし、舞台裏は「如何にして勝つか」という完全な筋書きのあるドラマが書かれていたのである。
つまり、野球と言うのは表の世界では「筋書きの無いドラマ」ではあるが、裏の世界では「筋書きのあるドラマ」なのである。

試合の行われていない練習の段階で既に試合が行われている。
「練習」=(イコール)「試合」と言っても良いだろう。
両者とも限りなく練習している。

特に王貞治選手の方は真剣を使い、空中の紙を切ることで、一本足打方を生み出した。
なぜ真剣を使ったのかまでは語られなかった。
空中の紙を切るタイミングと紙を切る位置、紙の切り方がホームランを生み出す秘訣となったのだろう。
白球を遠方に飛ばすためのジャスト・ミーティングな状態を捕らえるために真剣と紙が使用されたのだろう。
しかし、それ以上に、つまり真剣や紙などの道具以上に感じられるのはその王選手の気迫である。

昔のサムライの果し合いでは、敵の刃と自分の刃が一瞬にすれ違うことで、敵の命が助かるか、自分の命が助かるかが決まっていた。
多分、王選手がボックスに立った時は、昔のサムライの心持だっただろう。
白球が敵であり、王選手のバットが刃だ。
ホームランが打てるかどうかは、やはり、これも一瞬で終わる。
ホームランが打てれば、王選手の命は助かるが空振りをすれば、王の命は亡くなる。
その差はやはりホンの一瞬だ。
後年、王はホームランが出ずに苦しみ始め、「様々な方法を試みた」、と番組で伝えていたが、もう一度、真剣を使った練習をしたかどうかまでは語られなかった。

両者が監督になっても、向かってくる白球が何万球あったかわからない。
ここで書いている「何万球」とは、勿論、困難さのことだ。
現役時代と変わらず、白球に向かい続けた訳だ。

今は両者とも監督を終え、老年時代を迎えているが両者とも病と闘い続けている。
つまり、野球で用いられる白球とは困難さを意味しているのだ。
白球とは困難そのものだ。
よく野球で、

    「白球を追う」
   
という言葉を耳にするが、この短い文章の中に、多量の文章と大量の精神が凝縮されているともわかる。

「ON」の両者とも、いまだに野球をしているように見えてならない。

テレビを見終えて私が感じたのは、
    「ON二人の野球に対する『執念』を見た」
というレベルではなかった。
「執念」よりも1ランク上の言葉をONの二人に感じる。

それは「念力」だ。
ONの二人の精神に強力な念力を見るように感じる。
ONの両者が現役時代から、彼等の心より白球に対して念力を放出し、白球を導き寄せ、よって、球を打っていたような気がする。
ON両者の生活に現れる困難さ(白球)を念力で曲げたり、3次元世界の物理法則を捻じ曲げてしまう程のサイキック・パワーを王選手と長嶋選手の心に感じる。

         坂本誠

Powered by Six Apart
フォトアルバム