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2013年5月22日 (水)

三千二百九十七: 畑と雑草について

こんにちわ。

季節は夏に向かっています。P5220146

新緑は美しいですが、畑の雑草も伸びるのも早い季節です。
雑草を引き抜くのも、大地に触れる時間なので、土に親しみが抱くことが出来るかもしれません。
雑草を引き抜かないと、その雑草に、栄養が取られてしまい、育てたい野菜にうまく栄養が行きません。
また、個別に、自分の育てたい野菜を育てるのが難しくなります。
また、畑の見た目も悪くなります。
ですから、雑草を抜く季節とも言えます。

しかし、雑草を抜くにしても、枯葉剤を用いるのは、良くないと多くの人が知り始めました。
ですので、私も枯葉剤を用いていません。
草取り鎌で、雑草を抜きます。
また、下の写真に写っている雑草は、「スギナ」とか呼ばれています。
見た感じが杉に似ているから、そう呼ばれているのでしょうか。
この「スギナ」を抜く時には、結構、苦労します。P5220144

ちょっと、根が深いのですね。
ホントに、杉に似ています。

ですが、この「スギナ」を抜く時とか、他の雑草を抜く時でも、考えようによれば、朝の髭剃りに似ていなくもないです。
多くの男性は、毎朝、髭をそります。
その感覚に似ています。
畑の大地を、地球の顔の肌とします。
その顔の肌の上に、スギナのような雑草が生えるわけです。
ですから、なんとなく、このスギナは男性の顔の肌の、髭に似ているように感じます。
なので、このスギナの雑草を草取り鎌で抜く時には、男性の髭を剃るように感じます。
ですから、畑の雑草を抜いた後は、男性の髭を剃った後のように、地球の大地の顔もさっぱりしたように感じているかもしれませんね。

                坂本  誠   

2013年5月12日 (日)

三千二百二十九: 五月の風

こんばんわ。

最近は、五月の風を感じます。
五月の風というと、誰でもが、さわやかな雰囲気を感じると思います。
「フレッシュ」という感覚でしょうか。

涼しいような、やさしいような、そんな感じの風を頬に感じます。
考えてみれば、四季の風も、それぞれに、かなり違うことがわかります。

上に書いたように、春ならば、風にフレッシュなものを感じるかもしれません。

夏ならば、夏の風に熱いものを感じるのが、普通でしょう。
しかし、夏の風の場合は、風が吹けば、肌に涼しいものを感じさせる時もあるので、夏の風には、二つの側面があると感じられるかもしれません。

秋の風は、ひんやりとしたものを感じます。
秋の風は、少し冷たいので、どことなく、秋の風に静かなものを感じるかもしれません。

秋から冬にかけての風は、冷たくなります。
このような冷たい風を感じることも、時折、大事なことだと考えることが出来ます。
なぜならば、夏の暑い日々に、その冬の風を思い出すと、少しでも、涼しさを思い出すことが出来、夏場に冬のありがたさを思い出せると思うのです。
また、逆に、冬の寒い日には、夏の日々の熱い風を思い出すと、冬場に夏のありがたさを思い出せると思うのです。

ですから、風の事を考えても、四季折々の顔を、私達は考えることが出来ます。
四季折々の風を考えたら、次には、世界の色々な場所の風を思い浮かべることが出来ます。
実際に、その土地に行かないと、その土地の風の雰囲気は掴めないでしょう。

外国にまで、行かなくても、日本のそれぞれの土地で、「この土地の風の感じは、こうだ」という話を聞いたりします。
ですから、土地それぞれにも、私達は、それぞれの風の顔を思い浮かべることが出来ると思います。
この感じは、以前に書いた記事、『三千二百二十一:世界の時刻を見ながら』に似てくると思います。P5070148

                坂本  誠   

2013年5月10日 (金)

三千二百八: 剪定(せんてい)について

剪定について考える機会がありました。P4250147

剪定(せんてい)と言っても、家の木々を美しく、整えることです。
剪定ハサミと呼ばれるものを使い、家の木々の葉を切ったり、枝を切ったりすることです。
今ぐらいの時期から、剪定作業は増えてきます。

家の木々が乱れていたら、やはり、見た目は悪くなるものです。
ですから、剪定作業は、人間で言うところの散髪に似ています。
人間も散髪しないと、髪がうっとうしくなります。
それと同じように感じます。

また、剪定作業をしていて、気が付くのは、同じ木であっても、葉のつき方が違うことです。
同じ木でも、葉っぱの多いものと、少ないものがあるのに気が付きます。

人間でも、髪の毛の多い人と少ない人がいます。
それと同じように、同じ木でも、一本一本に個性があるのを感じます。
特に、葉っぱの多い木を剪定して、葉っぱを少なくしてやると、心なしか、その木も、すっきりしたように見えます。
髪の毛の多い人は、床屋に行くと、髪をたくさんすいてくれたりします。
「すく」とは、髪の量を少なくしてもらうことです。
髪をすかれると、髪の中の風通しが良くなり、気持ちよく感じる人も多いと思います。

葉っぱの多い木も、すかれると、きっと気持ち良く感じていることでしょう。
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いずれにしても、剪定作業も、終わってみて、家から離れて、剪定作業の前の家の様子と、剪定作業後の家を見てみると、人間の散髪と良く似ていると、人は感じると思います。

家の木々にも散髪を。

そんな感じで、自分の手で、やさしく、我が家の木にハサミを入れてあげるのも良いことだと感じます。P5050146

                坂本  誠   

2013年4月18日 (木)

三千百十六: 朝のまどろみ

                        2013年4月14日
                        
何かの忙しいことの終わった時や、緊張が取れた時に、ゆっくりと一晩、眠った後に、目が覚めると気持ちの良いものです。
朝日が窓から差し込んでいて、半分、寝ていて、半分、起きている、つまり、ぼんやりとまどろんでいる時間というのは、眠りに入るか入らないかの瀬戸際に、意識がある状態だとわかります。

「眠りのドア」に敷居があると仮定します。
その敷居を行ったり、出たりしている状態が「まどろみ」と言えます。
そのような、ちょっと変わった時間も、人間にはあるものです。
「まどろむ時間」というのは、面白い時間だと感じます。
また、「まどろみ」というのは、朝、人間が起床する時間に使われますが、夜に人間が入眠する際の時間には、「寝入りばな」という言葉が使われます。
この違いがあるのも、面白く感じます。
                        
                        
                        
                坂本  誠    P4160149

三千百十五: 瞑想をする時

                        2013年4月12日

こんにちわ。

瞑想をする時は、文字を見ない方が良いことに気が付きます。
文字には、特定の情報が込められているため、文字を見ながら、瞑想をすると、その文字に関係した瞑想をすることになります。

それも悪くはないのですが、同じ瞑想をするにも、何かの風景や画像を見て、瞑想をするとイメージが膨らむことに気が付きます。
何かの風景というものは、あまり特定の情報が無いのに気が付きます。
「風景」というものは、私達に何かのイメージを与えるものです。

ですから、瞑想をする時に、文字よりも、風景を見たり、音楽を聴いたりして、瞑想をすると右脳がよく働くことに気が付きます。
これらは、「風景」とか「音楽」は、右脳に関係しているから、右脳の瞑想には良いと感じます。P4160159

逆から考えてみたら、左脳をよく働かせたいときは、文字を見て、瞑想をすれば良いと考えます。
「文字」は、何かのもの、たとえば、風景の中の木とかの「木」ですが、その木に、一つの特定の意味を与えていることに気が付きます。
実際、自然の中の「木」というものは、かなりの種類があります。
ですから、「木」と言っても、千差万別です。
風景の中の「木」を見て、瞑想するのと、文字の「木」を見て、瞑想するのは、かなりの違いがあります。

たとえば、私の好きな木が楓(かえで)だとします。
私が「木」という文字を見て、瞑想していたら、頻繁に楓の風景を思い浮かぶでしょう。
しかし、実際の野原の「木」を見て、瞑想しているとします。
実際の野原にある「木」は、大量の種類があるので、「木」についての、多くの瞑想が出来ることに気が付きます。
それだけ、多くのイメージを作ることが出来ます。
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音楽についての瞑想も上と同じことが言えると感じます。

歌詞のある音楽と歌詞の無い音楽があるとします。
「歌詞のある音楽」は歌詞があるので、だいたい、特定のイメージが思い浮かびます。
しかし、「歌詞の無い音楽」だと、イメージが制限されていないので、より、幅広く、瞑想をすることが出来るのに気が付きます。P4160156

また、普通の日本人が日本語の歌詞のついた音楽を聴く時と、英語の歌詞のついた音楽を聴く時に、大きな違いあることがわかります。
日本語の歌詞のついた音楽を聴けば、歌詞の内容がすぐにわかります。
しかし、日本人が英語の歌詞の音楽を聴いても、その歌詞の内容がわからないので、その音楽に対して、「何を語っているのだろう?」と、考えていることに気が付きます。
つまり、これも「瞑想」というわけです。
英語で何を語っているかわからないので、聞く度に、様々なイメージを考えるから、これも、面白いタイプの瞑想だと感じます。

                坂本  誠    P4160152

2013年3月28日 (木)

三千七十三: 朝日

おはようございます。

今、気持ちの良い朝日を見ています。
最近まで、曇った天気や雨の日が続いたので、朝日を美しく感じます。

なんでもない話題と思われるかもしれませんが、意外に、大事な事だと気が付きます。

もし、一年中、雨が続いたら、私達は、どれほど、朝日を恋しく思ってしまうことでしょうか。
私達はその朝日に愛を感じてしまうと思うのです。
「朝日から愛されている」とか「私達は朝日を愛している」とかを考えてしまうでしょう。

美しい景色を見た時も同じだと思うのです。
「美しい景色から愛されている」とか「私達は美しい景色を愛している」とかを考えてしまうでしょう。

綺麗な宝石を見ても、同じことが言えると思います。
「宝石から愛されている」とか「私達は宝石を愛している」とか。

そのように、生物で無いものにも、不思議にも、きちんと愛を感じると思うのです。

何でもない地球の景色とか、普通の朝日にも、心温まる愛を日々に感じられることは、とても素晴らしいことだと思ってしまいます。

                坂本  誠Img7d939bd681e    

2013年3月 5日 (火)

二千九百八十八: 今日の私のノート

今日、久しぶりに、家にノートを置いたまま、外出しました。

普通なら、私はノートを手にして外出します。
一旦、家に帰って、ノートを持ち帰ろうか、とも思いましたが、やめました。
何か良いことが起きるかもしれないと思ったからです。

普通の人でも、いつも身に付けている品物を家に置いたまま外出すると、どこか不安になるものです。
また、その外出先で不便になることが多いものです。
しかし、それでも、そのまま、外出しました。

「何か悪いことがあるだろう」と否定的な考えを持たずに、「何か良いことが起きるだろう」と思ったので、そのまま外に出ました。
何かいつもと変わったことがあっても、逆に、そこから、何か面白いことを見出してみよう、というわけですね。
いつも、手にしているものを携えていないと、そこから、どんな面白いことが発見できるだろうか、と考えてみたわけです。

中国の故事成語に「人生、万事塞翁が馬」というものがありますが、これと同じでしょうか。

やはり、そのまま、外に出てみると、不便な事はあったものの、ちょっと、変わったこともありました。
その変わったことを「面白いことだ」と見なしてみるのも一興ですね。

                坂本  誠  P3050146  

2013年2月24日 (日)

二千九百五十七: 節約と価格について

節約と価格についてのエッセイです。
以前にも似たエッセイを書いたかもしれません。

以下は、例え話です。
ショッピング・センターに行くと、普通は、200円で売られているマーガリンがあるとします。
しかし、ある日、そのマーガリンが230円で売られているとしましょう。

一般消費者としては、

    「マーガリンが高くなった。今はマーガリンを買わないべきだ」

と考えたりするものです。

しかし、店の方で、マーガリンの値段を180円ぐらいで売るとしましょう。
すると、一般消費者は、

    「マーガリンが、今、安い。マーガリンを2個ほどを買っておこう」
   
と、思い、マーガリンを2個買ってしまうというケースもあります。

マーガリンの定価は、200円なのですが、この場合、マーガリンを2個も買ってしまうので、360円も、消費者は、お金を出していることになります。
つまり、消費者は、160円の損をしていることになります。

この話では、マーガリンを例に挙げましたが、他の色々な製品についても、同じことが言えます。
つまり、価格を決める方の人としては、このような感じで、製品の値段を上げたり下げたりすると、余計に、消費者に、品を買ってもらうことが出来ます。
このような事も、頭の片隅に入れておいて、値段札に、ごまかされないように、生活をして、節約術に上手な人間になると、お金の得が出来たりします。
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また、ここからは、価格の関係の話です。
ガソリンなどの値段について考えてみましょう。

最近は、ガソリンの値段が高いですね。
円安が原因となっていると言われています。

しかし、よく注意して見ると、Aというガソリン・スタンドのレギュラー・ガソリンの値段が150円だと仮定します。
しかし、Bというガソリン・スタンドのガソリンの値段が145円だと仮定します。
しかし、Cというガソリン・スタンドのガソリンの値段が155円だと仮定します。

実際、このガソリンの値段の違いは、一般消費者にとって、よく知っているところでしょう。
そして、一般消費者は以下のような疑問を抱くかもしれません。

    「同じガソリンなのに、なぜ、こうも、ガソリン・スタンドや地域によって、ガソリンの値段が違うのか?」

と。

色々と、理由が見えてきますが、やがて、一般消費者は、「一体、お金とは何だろう?」と考えてくるかもしれません。

                坂本  誠

2013年2月14日 (木)

二千九百三十五: 罰金について_No.2

これは、『二千八百九十六:罰金について』の再掲載です。
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こんばんわ。

罰金について考える機会がありました。
交通違反などをした際に、違反者に対して、罰金が取られたりします。
また、その他の犯罪にしても、「幾らの罰金を徴収する」と、よく聞きます。
また、「保釈金」と言って、刑務所から出るために裁判所に出される罰金とも言えるようなお金があります。

しかし、「その裁判所などに納められた後の罰金とは、どのように処理されているのだろうか?」と、ふと考える機会がありました。
                        
                        
                        
                坂本  誠   

2013年2月12日 (火)

二千九百二十九: 節約について

こんばんわ。

楽しい街に出た時や、ショッピング・センターに行くと、以下のような、アナウンスが流れています。

    「楽しい楽しいショッピング」
    「買い物を楽しみましょう」

しかし、最近は、物価高です。
ガソリンの価格の上昇や、野菜の価格の上昇もあります。
また、電気代やガス代の上昇もあるでしょう。

ですから、一般消費者は、上に書いたショッピング・センターのアナウンスの誘惑にも負けることなく、財布の紐をしっかりと固く締めておいた方が賢明だとわかります。

買い物の誘惑に負けることなく、確かな節約術を学ぶ一つの機会なのかもしれません。
余分な買い物にお金をかけず、その節約できたお金は、何か他のもっと有意義なことのために、そのお金を使った方が良いとわかります。

                坂本  誠   

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