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2013年3月

2013年3月31日 (日)

三千八十: 音楽

                      音楽

 

    匂いのような
    一つの線が
    僕の頭の中で弧を描く。
    その線の上で
    一つ一つと音の玉が輝く。
    無数の線がしなりながら
    踊りを舞う時、
    それは音楽。

 

                坂本  誠    P3240153

2013年3月30日 (土)

三千七十九: 春の子守唄

                    春の子守唄
   
     
                   
    春の陽射しの中で
    昼寝をしている。

    春が  子守唄を歌っている。

    その唄は耳では聞けない。
    ほほ  と  まぶたで  聞くだけ。

 

                坂本  誠   

三千七十八: ひとすじの光

                      ひとすじの光

 

    朝
    暗い部屋の中で
    静かに目を覚ますと、
    雨戸の隙間から、
    ひとすじの光が射しこんでいた。

    その光がとけて水になり、
    僕の布団の上に注ぎ、
    光の水たまりをつくっていた。

    僕はその水たまりに
    そっと指をひたしたいと思った。

 

                坂本  誠    20101227100935

三千七十七: OPPTの証書について

こんばんわ。

最後に残ったOPPTの証書についてです。
どうか、ご自身で調査をされることを私は望みます。
今は、簡単に、これだけを述べさせて下さい。

                坂本  誠   

2013年3月29日 (金)

三千七十六: 春

                春
               
                 
               
    春を告げる天使たちが
    冷たさの残る大地に
    一人ずつ  一人ずつ
    舞い降りる。

    天使の爪先の
    触れた一点から
    春の波紋が
    やわらかく広がってゆく。

    ぬくもりとやさしさが
    漂いながら
    花々はよみがえりの訪れを
    知らされる。

    花々は目覚め
    ゆるやかな陽射を見ながら
    色とりどりの笑顔を広げ
    春の唄を歌い始める。

    春の唄に
    蝶が目覚め
    花々の上に
    踊り出す。

    春の唄と踊りに
    鳥たちが目覚め
    青空高く
    駆けまわる。

    春の唄と踊りと駆けずりに
    木々たちが目覚め
    おのれの緑のつぼみを
    押し開いてゆく。

    多くの命のいきぶきを
    ふくらませ  ふくらませ
    春が広がる。
    春の波紋が広がる。

    いくつもの春の波紋が
    重なりあい  ひびきあい
    命の喜びを謳い上げ
    大地を春一色に染め上げてゆく。

 

                坂本  誠P3280156    

2013年3月28日 (木)

三千七十五: 花の季節

最近は、花の季節です。P3240150

郊外に、多くの桜の花が咲いているのを見かけます。
天気の良い日の桜に、落ち着きと静かさを感じます。

こういうのも、四季があるからこそ、それぞれの季節の花を楽しめると感じます。

桜だけではなく、最近は、スミレの季節です。
上を向いた時は、よく、桜の花を目にしますが、下の大地を見たら、よく、スミレが咲いているのに気付きます。

「花の季節に入った」と、しみじみと感じます。
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                すみれ
               
               

    ありきたりの
    街の片隅に
    振り向く人も少ないが
    小さなすみれが咲いていた。

    車の騒音や  人間たちの喧騒にも負けず
    彼女は誇らしげに
    自分の生の歓びを
    行き交う人々に披露していた。

    短い生命だが
    死を恐れることなく
    大きな世界に向かって
    自らの小さな美を  手を差しのべていた。

    その手が僕をつかんだ。
    すみれの小さな生命の大きな歓びを
    僕は胸の内にしまった。
    一点の光を抱きしめるように。

 

                坂本  誠P3280158    

三千七十四: 猫の爪切り

以前にも、猫の爪切りについて、書いたことがあったのですが、今日も書きます。

家にペットの猫を飼っている人で、猫の爪を切ってあげるのも、大事なことかと思います。P3230147
猫の爪を伸ばしていると、猫が家の中ではしゃいで、遊びまわっている時に、毛布とかカーテンとかに爪がひっかかってしまい、余計なちからがかかって、猫が怪我をする時があるそうです。
ですから、今では、猫専用の爪切りも売られています。
人が使う爪切りを使って、猫の爪を切ると、あまり、よく切れません。
猫の爪切りは、猫にとって、安全さも考慮されているようです。

それに、ちょっと汚いのですが、猫の爪は、やはり、黴菌がいると思います。
だから、2週間に1回ぐらいの割で、猫の爪を切ることが推奨されています。
人間と同じですね。

だから、飼い猫の爪を切ってあげると、家の中も清潔になると考えられます。

また、猫の爪を切るのは、ビニール袋で出来た、通称、「プチプチ」と呼ばれている、ビニールの空気の膜をつぶす時の快感に似ているような気がします。
だから、「プチプチ」をしたい人は、「プチプチ」が身の回りに無い時は、代わりに、猫の爪を切っても良いかもしれません。
ちょっと、注意して、猫の爪を切らないといけないですが。

                坂本  誠 P3230148   

三千七十三: 朝日

おはようございます。

今、気持ちの良い朝日を見ています。
最近まで、曇った天気や雨の日が続いたので、朝日を美しく感じます。

なんでもない話題と思われるかもしれませんが、意外に、大事な事だと気が付きます。

もし、一年中、雨が続いたら、私達は、どれほど、朝日を恋しく思ってしまうことでしょうか。
私達はその朝日に愛を感じてしまうと思うのです。
「朝日から愛されている」とか「私達は朝日を愛している」とかを考えてしまうでしょう。

美しい景色を見た時も同じだと思うのです。
「美しい景色から愛されている」とか「私達は美しい景色を愛している」とかを考えてしまうでしょう。

綺麗な宝石を見ても、同じことが言えると思います。
「宝石から愛されている」とか「私達は宝石を愛している」とか。

そのように、生物で無いものにも、不思議にも、きちんと愛を感じると思うのです。

何でもない地球の景色とか、普通の朝日にも、心温まる愛を日々に感じられることは、とても素晴らしいことだと思ってしまいます。

                坂本  誠Img7d939bd681e    

三千七十二: 愛と支配について

明治時代の初期の教育家、福沢諭吉が残した有名な言葉があります。

    「天は人の上に人を作らず。天は人の下に人を作らず。」
    (Heaven never makes one person on people . Heaven never makes one person under people .)

この言葉は、今でも、語り継がれています。
また、金言だと言われています。
つまり、「人間は平等である」という意味です。

また、アメリカ独立宣言にも、有名な出だしで始まります。

    「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の諸権利を付与され、その中に生命、自由および幸福の追求のふくまれることを信ずる。」

(邦訳は、「トマス・ジェファーソン『アメリカ独立宣言』」より)
http://www.eris.ais.ne.jp/~fralippo/demo/review/JEF040106_independence/

今、聞いても、改めて、誰もが「ハッ」となるような響きと真実を含んでいると思います。

最近、話題の「一つの人々の公共信託(One People's Public Trust)」でも、以下の事が言われています。
-----------------------------------
公共信託は以下のことを確認する。、、、
            ;
            (中略)
            ;
全ての人々は平等に創造されたのであるから、公共信託は、関係者全員に対して価値を保全している。
-----------------------------------

http://ja.scribd.com/doc/123871221/Press-Release-One-People-s-Public-Trust-Foreclosure-on-Major-Corporations

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しかし、多くの人々の間に出来上がった格差の問題や、貧富の問題があります。
それらの問題は、結局、人々が天の下に平等に愛し合うことの出来ない世界が作り上げられたことを意味していると私は思います。

「愛の無い世界が作られていく方向」というのは、これは、多くの人が違和感を抱いたり、疑問を感じたりすると思います。
なぜならば、多くの人が、「私は愛されない方向に行かされるのだ」と、感じたら、誰もが苦しくなると思います。
言い換えてみると、愛の欠如する方向とは、苦しくなる方向だからです。

階層の深いピラミッド型の社会を作ると、多くの人は息苦しさを感じると思います。
なぜならば、上から押さえつけられているからです。
そして、何かの物事を強制させられたりします。

それは、「支配」というものです。
「支配」の世界とは、やがて、人々の間に、喜びが少なくなっていくものだと、私は感じます。

また、「愛」と「支配」という単語は、相いれないものを含んでいると感じます。
「『愛』と『支配』は、全く、逆の方向に、向かっているもの含んでいる」と、多くの人も感じると思います。

ですから、「この世に生まれてきた人間は平等なのだ」という感じを多くの人が持たないと、喜びのある世界に向かわないと思います。
なので、私が考えるに、「愛の豊富な世界を作ろう」と、多くの人が思えば、やがて、人は平等さを愛するようになると思います。
そして、人は支配の構図を避けるようになるだろうと思います。

                坂本  誠   

2013年3月27日 (水)

三千七十一: 春

                春
               
                

    春が青空の中で
    翼を広げる。

    大気が
    春の翼におおわれる。

    春の翼の起こす風が、
    満ちてくる潮のように、
    森と野原と花々と僕に
    触れてゆく。

    その風の潮は
    僕等を通り過ぎて
    はるか彼方まで満ちてゆく。

 

                坂本  誠  _2  

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