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2013年1月 9日 (水)

二千八百十一: お葬式について

人が亡くなった時に、お葬式が開かれています。
確かに、周囲の人々が残された家族に、お悔やみの言葉を述べたりしないといけないでしょう。

しかし、他の誰かも言われていましたが、お葬式に、かなりの高額の出費がなされていることに気が付きます。
最近では、若い男女の間でも、結婚式を挙げずに、入籍だけで済ます人も多いようです。
結婚式に多額の費用がかかるからです。

それと同じように、お葬式も挙げずに、密葬という形で済ますのも一つの手段だと思います。
もちろん、お葬式を挙げたい人は、挙げれば良いと思います。
それは個々の人の自由でしょう。
しかし、お葬式を挙げれば、かなりの額を故人のために使用しなくてはなりません。
それを持って、故人が喜ぶでしょうか。

密葬という形ならば、お葬式を挙げず、近親者の集まりだけとなるので、高額な費用を使わずに済みます。
密葬と言っても、最低限しなければならないことがあります。
「故人が死んだ」ということを証明するための医者の死亡診断書が必要です。
「死んだ」という証明を、役所に提出しなければいけないので。
また、火葬場で故人を焼却をする費用がかかります。
また、故人を火葬場で焼却するために、棺が必要となります。

密葬の他の情報を知りたいならば、葬儀屋さんに聞けば、わかります。

死なれた故人としても、高額の葬儀費用を残した家族に負担をさせたくないかと私は思うのです。
「そのような高額の葬儀費用があるならば、お前たちの生活のために使って欲しい」というのが、故人の望みではないかと、私は思うのです。
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また、葬儀に関して、故人のために、墓石を立てることも多いです。
確かに、墓標というものがあっても良いかもしれません。
しかし、その墓石も、大変に高額なものも多いようです。
もちろん、高額な墓石を購入するのも、それは個々の人の自由だと思います。
しかし、これも、死なれた故人の観点からすれば、「そのような高額の墓石費用があるならば、お前たちの生活のために使って欲しい」というのが、故人の望みではないかと、私は思うのです。

その他にも、家の中の仏壇とか、仏具とかにも、様々に費用のかかるものがあります。
これも購入するかどうかは、個々の人の自由でしょう。
しかし、これも、もし、私が故人となれば、残された家族に対して、

    「そのような高額の仏具を私のために買ってくれるならば、お前たちの使いたいものにお金を使って欲しい」

と、私は言うでしょう。
ですから、家に何らかの故人を偲ばせる何かがあっても良いと思うのですが、最低限のものにした方が、私は良いと思います。
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また、「戒名」というものも、そうであって、この「戒名」にも、ランクがあり、それぞれのお金の額が違っていると聞きます。
これも、上と同じように、私が故人となるならば、残された家族に対して、

    「戒名というものも付けてくれなくて良いよ」
   
と、言います。

もちろん、残された家族が故人に対して、「戒名を付けたい」と思えば、それも自由です。
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お葬式についての、考えられるものを書いてみました。

 

                坂本  誠   

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