« 2012年12月 | メイン | 2013年2月 »

2013年1月

2013年1月24日 (木)

二千八百六十二: 好きな文章を読み返す時

世の中の流れが早く感じる今日この頃です。

こんな時こそ、かえって、世間の情報から意図的に離れて、昔、自分の心を感動させた文章を読んでみるのも面白く感じます。
時間の無いような時に、自分の心を感動させるような文章を読み返すと、自らの心の中にやる気とか勇気が出て来るように人は感じると思うのです。

しかし、それは昔の文章とは限らないでしょう。
最近、読んで感動したような文章でも、繰り返し、読んでみると、さらに落ち着きを感じたりすると思います。

そのような時間は、まるで、そう、時が止まっているかのようです。

自分の周りの時の流れは速いのですが、感動するような文章を目の前にして、静かに、その文章を書いた人と対話している一時は、時が止まったかのようです。

そうですね、喩えて言えば、以下のような感じでしょうか。
自分の部屋の周囲には、激しい風が流れています。
しかし、自分の部屋の中に入ってみると、その部屋の外の風の流れを風音などで感じる事が出来るけれど、部屋の中にいれば、風の無い静止した空間の中にいます。
それと似ています。

時間にも、そのような空間と似た性質があるのだと感じてしまいます。

その静止した時間を味わうためにも、昔、自分の感動したような文章を読み返すのは、一興な事だと感じます。

さすがに、私もそのような文章は、パソコンから印刷して、ベッドの中で読み返したりします。
パソコンが無い時にでも、それらを読み返しておくと、私にとって、有意義な時間となります。Pa190151_2

                        
                坂本  誠   

2013年1月23日 (水)

二千八百六十一: 光の柱

        光の柱      
       
       
       
    暗闇の中に
    一つの
    光の柱が立っている。
   
    その柱は
    天頂に向かって
    無限に高く  伸びている。
    同時に
    暗闇の底に向かって
    無限に伸びている。
   
    光の柱の周りを
    音楽が
    らせん状に回転して
    上に伸びてゆく。
   
    その音楽に
    様々な色を  ともなった
    光の粉が舞っている。
   
    その光の柱の中に飛び込むと
    暗闇の中に
    さらに
    無数の光の柱が立っているのが見える。
   
    そして
    光の柱を取り巻く  音楽の音色と光の粉は
    どれも違っている。
   
    無数の光の柱が並んでいる。
   
    一本一本の光の柱は
    どれ一つとして  同じではなく、
    また、どれ一つとして
    欠けてはならぬ存在なのだ。
   
   
   
                坂本  誠   

二千八百六十: お知らせ_No.74

(以下、『InDeep』様からの引用)
---------------------------------------------------
ドイツの沖合で「新しい島」が浮上を続けおり、その地は鳥たちの聖域に

---------------------------------------------------
(引用終わり)

                坂本  誠   

2013年1月22日 (火)

二千八百五十九: 野原

        野原   
       
        
       
    野原は
    ゆりかごのようだ。
   
    野原の上に寝てみると
    野原の緑が
    僕を包む
    毛布になる。
   
    色とりどりの  花々が
    毛布の  模様になる。
   
    鳥のさえずりが
    オルゴールになる。
   
    穏やかな  陽射しは
    母の手のようだ。

 

                坂本  誠 20100501165428   

二千八百五十八: 資本主義について

幾つか、資本主義について書いている私です。

資本主義というのは、私達の身の周りにある商売の仕方です。
だいたい、原料を山や川や海から持って来て、それらを加工して、製品に作り、その製品がお店の棚に並んでいます。
そして、原料は安いけれど、加工する順に従って、どんどん値段が高くなります。
これが資本主義の特徴です。
つまり、値段の拡張が続いて、末端価格が高くなり、どうにかこうにかして、かなりお金という数値の高さを得る人もいると思います。

しかし、よく言われているように、資本主義の特徴は、どんどんたくさん製品を作って、売らないと、生活が成り立たないことに気が付きます。
なぜならば、お店に並んでいる全てのものに値段札が付けられているためです。
「全てのものに『お金』という値段が付いている」というのも、資本主義の特徴です。

上の資本主義をそのまま、続行していて、本当に人間が幸せになったかと言うと、私は問題があると思います。
まず、商品をたくさん作らないといけないため、熱帯雨林の伐採や、自然に対する乱開発が行われたことが知られています。
その結果、多くの生き物が地球の上から住めなくなり、今でも、多くの生き物の絶滅のスピードが速まっていることが知られています。
最近では、その乱開発やあまりの産業発展重視のために、人間も、地球の上に住むことが困難になってきていることが知られています。
ですから、「この現代の資本主義の状態が、本当に、人間や他の生き物や生態系にとって、幸福な道のりか?」というと、これは疑問の声が出ても仕方ないと思います。
なぜならば、地球の上に住んでいるのは、人間だけではないからです。
他の生き物も、それぞれ尊く地球の上に住んでいるわけです。
それらの生き物が、人間の産業である資本主義によって、絶滅させられてゆく。
そして、最近では、その人間の産業自体が、人間の生息環境をも破壊してゆく。
つまり、当の人間までもが、自身の健康の維持をおびやかされています。
つまり、人間の自分で作った火が、自分の住家を焼き払っているような感じでしょうか。
また、自分で作り出した炎の中に、人間が自分で飛び込んでいる姿に似ているでしょうか。

人間の作り出した産業スタイルによって、人間自身の住む場所も奪われ、また、人間自身が生息できなくなる光景と言うのは、一つの矛盾のように感じます。
例えば、マスクや潜水服のようなスタイルで、産業で汚染された地域の中で作業したとしても、そのような人間でも、帰る家がある筈です。
その家の中では、その人間は、マスクや潜水服を外すでしょう。
しかし、その家の中の空気も汚れているし、また、食べる料理の食材や、飲み水が汚染されていたら、汚染地帯でなくても、その人間は汚染物質により、身体をむしばまれ、やがては、ひどい結末を迎えることでしょう。
そのむしばれた身体を治そうとして、高い医療費を使うかもしれません。
どんなに高い医療費を使っても、いずれ、限界が訪れるでしょう。
また、その医療に使うための薬を生産するために、現在の資本主義を使っているのだから、それらの薬を生産するために、工場の中で、忙しく機械を回して、それらの薬を生産しているので、その工場自体が、自然を破壊する汚染を行っているとも考えられるでしょう。

この姿は、喩えるならば、ヘビが自分のしっぽを食べている姿に似ているかもしれません。
食べ物が欲しいために、ヘビは自分のしっぽを食べるのですが、それは自分のしっぽですから、そのしっぽを食べ続けると、やがて、そのヘビは自分自身を食べてしまい、やがて、死んでしまうのです。

ですから、この拡大に拡大を続けるという生産スタイルを、どこかでストップしないと、地球の生態系に破壊が起こり、上のヘビのしっぽのように、自分で自分を駄目にするという結末を迎えると思います。

資本主義についてのエッセイを書きました。

                坂本  誠   

二千八百五十七: 家庭の中のポットについて

家庭の中の電子ポット、あのお湯をためておくポットについて考える機会がありました。

あの中には、お湯が溜められています。
しかし、あのお湯が冷めると、そのまま、台所の流しに捨ててしまう人もいるようです。

元はと言えば、その冷めたお湯も、水道料金として購入したでしょう。
ですから、その冷めたお湯も、そのまま捨てずに、料理か何かに使用した方が節約が出来ると思います。
ないしは、その冷めたお湯もそのまま、温めて、飲んだりすると、その分、節約できたことになりますし、また、植木鉢に水としてやったりするのも、一つの節約術だと思います。

                        
                        
                坂本  誠   

2013年1月20日 (日)

二千八百五十六: 歌声(独白)

休みの日に、ショッピング・センターに行った。
休みの日のショッピング・センターでは、どこでも、アトラクションが多い。

その日その日によって違うのだけど、様々なアトラクションがある。
テレビで現れるヒーローが、ショッピング・センターのそのアトラクションにやって来て、子供達と握手をする時もある。
また、ビートルズの音楽が流れる時もある。
あるいは、何かのグループが自分達で作った曲が流れる時もある。
また、何かのテーマ・ソングが流れる時もある。

当然、アトラクションだから、人が多く集まる。
老若男女が集まって、そのアトラクションを見て楽しむ。

歌声が、木霊すると、なんとなく、ホッとしてしまう。
どんな歌も芸術だから、その芸術に触れて、私達は心を癒すことが出来る。

人々のにぎわいの、さらにその上を流れる歌声には勇気づけられる。

ベンチに腰掛けて、その歌声を聞きながら、クッキーをほうばった。

                        
                坂本  誠20110126174034    

二千八百五十五: 缶やペットボトルについて

缶やペットボトルについて考える機会がありました。

あの、自動販売機でも売られている缶やペットボトルのことです。
一つの缶コーヒーが100円だと仮定しましょう。
そして、その一つの缶コーヒーの缶の製造費を10円だと仮定しましょう。

その缶コーヒーの中身のコーヒーが90円となりますが、缶を製造するのにも、費用がかかるのですね。
ですから、実質、私達が、100円の缶コーヒーを飲む時には、90円分のコーヒーを飲んでいることになります。
10円分が無駄なわけです。

ペット・ボトルも同じです。
ただ、上で仮定した製造費が違っているでしょうが。

ですから、缶コーヒーを飲む人でも、10個の缶コーヒーを買ったら、100円 * 10個 = 1,000円ですが、缶代は、10円 * 10個 = 100円です。
すでに、もう一個の缶コーヒーを買えてしまいます。
つまり、損失が起きています。
ペット・ボトルでも、同じ現象が起きているでしょう。

海や川や山が空き缶やペット・ボトルで汚されています。
上の理屈で言ったら、10円の空き缶とか、幾らかの金額の空いたペット・ボトルの金額もありますから、人間にとって大事なお金が、自然界に捨てられていることになります。
その総額もかなりなものでしょう。

また、自動販売機などで、そのような缶コーヒーやペット・ボトルに入ったジュースを飲む時でも、その製品の値段そのものよりも、わずかながらの缶代やペット・ボトル代もあるわけですから、その缶コーヒーやペット・ボトルを頻繁に買う人は、少しずつ少しずつ損をしていくわけです。

ですから、このような損をしないためには、水筒の中に、自宅で作ったコーヒーとか、お茶を入れて行けば、損をせずに済むわけです。
缶やペットボトルを買わず、上の理屈で、幾らかずつでも、たまったお金は、何かもっと他の有意義な事のために使った方が良いと思います。
--------------------------------------------
また、これと似たような話は、何かのダンボールとか袋でしょうか。

パソコンの入っているダンボールとか、プリンタの入っているダンボールとか、その他、何かの製品でも良いですが、中身の製品以外に、ダンボール代という値段が、すでに、商品の値段の中に組み込まれているのです。

ですから、不用意に捨てないで、何か再利用できないかどうかを考えて、家の中に、上手に組み込んでやった方が良いかもしれません。
                        
                        
                        
                坂本  誠   

2013年1月19日 (土)

二千八百五十四: 空(独白)

最近、独り言の関係で、空の事をよく書いてしまう。

最近は、冬空で、曇りの日とか雪の日も多い。
だけど、今、窓の外に、青空が見える。

「青」という色は、どこか、人の心を落ち着けさせると思う。
憩いの色に感じてしまう。
こう書いていたら、頭の中を、「クリスタル・ブルー」という言葉がよぎった。
クリスタルというのは、水晶という意味だけど、「水晶の青」という言葉を考えると、透き通ったような美しさを思い浮かべてしまう。

その他の色を見ていたら、それなりに、色は、人の感情にも密接につながっているように感じてしまう。

赤色とか、ピンク色とか、緑色とか、黄色とか、それぞれの色が、人の心に与える影響があるものだと感じてしまう。

朝の日の出の時に、空は黄色とかピンク色とか、橙色(だいだいいろ)に染まっている。
その色が、人の心に与える影響は大きいと思う。

また、相当に高い山に登ると、青の色がどんどんと深くなり、まるで群青色のようになってくる。
これもまた、美しい。

また、青い空に浮かんでいる白い雲にも美しさを感じてしまう。
空の青さと白い雲の織り成す、微妙なバランスを見ていると、人は「地球は、かなりの芸術家だ」と感じてしまうと思う。
その美しい自然に触れていたら、人の心も豊かになると考えてしまう。

美しい自然を見ていると、豊かな心が育まれ、それが、愛の心をも育てていくというのも、ちょっと考えると不思議な事だ。

美しい自然を頂けているという事は、普段、とても忘れがちだけど、とてもとても大事な事だと思う。
私達の吸う空気は、無料だけど、その空気が地球から無くなってしまえば、私達はほどなく死んでしまう。
それに似ていると思う。

普段、何げなく見ている青空に、素晴らしさを感じる事は、とても大事な事だと思ってしまう。

                        
                坂本  誠P9260148    

二千八百五十三: 翼

                翼
                
               
               
    目を閉じて
    暗闇の中に居座ると
    胸の中に
    心の翼が広がる。

    翼の手を伸ばしつつ
    この世を飛び立ち
    見えない野原の
    大空に吸われる。

    花や草が
    鳥と共に
    空に浮べば
    人も魚も舞い上がる。

    空の森に
    僕等は泳ぎながら
    暖かさの奥で
    重なりあい、上に沈む。

    その中から生まれた
    新たな僕は
    虹の翼をはばたかせ
    外を目指す。

    空を越え、
    時を越え、
    無を越え、
    心を越える。

    消えゆく翼は
    音と光の中に昇り開かれる。
    形を失って
    僕は速さだけになってゆく。

 

                坂本  誠   

Powered by Six Apart
フォトアルバム