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2012年9月 1日 (土)

二千四百六: 『風の谷のナウシカ』を見て_No.2

こんばんわ。

七百四十一:『風の谷のナウシカ』を見て」の2段目です。
映画ものを書くのは久しぶりですね。
以前にも、書いたのですが、私はこのアニメが一番好きです。

SF映画であり、未来の地球が大変汚染されている状況が舞台となっています。
しかし、その地球の汚染状況にも関わらず、人々の間では、まだ戦争が繰り返されています。
私達がその映画を見て、「戦争よりも、地球の環境汚染を無くす問題の方が、明らかに先だろう」と、私達は考えるでしょう。
にも関わらず、人々は自分達のエゴのために戦争を行っているのですから、それ自体も悲劇と考えられます。

そして、戦争の道具のために、オームという巨大生物を戦争に使おうとします。
このオームという生物は、未来の汚染された地球に、大量に現れた昆虫類の巨大生物です。
現代で言うならば、象や虎などの自然の生物を戦争の道具に使おうとするわけです。
やがて、そのオームの巨大な群れが、敵も味方も破滅させようとするわけです。

私達の見る普通の戦争は勝者と敗者がいるのみでしょう。
しかし、その人々の間の戦争は、そのオームという巨大生物を戦争に使おうとする結果、敵も味方をも破滅させらようとするわけです。
普通の戦争にとっては、これほど理不尽な結果は無いでしょう。

ですので、映画のクライマックスで、ナウシカはそのオームの暴走を止めようとします。
オームには全く人の武器も歯が立たないので、ナウシカは身を持って、多くのオームの暴走を食い止めようと、オームの群れの先頭に立つわけです。

もちろん、ナウシカは、跳ね飛ばされます。
しかし、しばらくして、オームの群れの暴走は止まり、敵も味方も助かります。
ナウシカの想いがオームに通じたのかどうかは、はっきりわかりません。
なぜならば、映画の視聴者には、オームの感情や言葉が、はっきりとわからないからです。

また、ナウシカはオームの群れに弾き飛ばされたので、死んだように見えます。
しかし、オームの口から出る触手によって、ナウシカは空中に浮き上げられ、治療されて、ナウシカは意識を取り戻します。
ですから、映画の視聴者からすれば、ナウシカが単に治療されて、意識を取り戻したのか、それとも、一旦死んで、よみがえったのか、それはわかりません。
視聴者にとって、これがわからないところが、この映画の面白い部分だと思います。
オームの群れの暴走も止まり、ナウシカの献身的な行為を見て、人々は戦闘も止めるわけです。

大体、多くの映画でも、「戦争もの」と呼ばれているものは、「敵を倒したことによって、平和が訪れた」というラストのものが多いです。

しかし、この『風の谷のナウシカ』だけは、ほぼ例外です。
そのナウシカの献身的な行為が、敵と味方の心の中にある争いの心を静めたのです。
つまり、その献身行為が、人々の心の中の悪の思いを改めさせるのに成功したのです。
だから、戦争が終わりました。

つまり、本当の戦争を終わらせる行動とは、「敵を倒して平和を得る」ではなく、「敵と見える人の心の中の争いの心を無くして、平和の心を取り戻させる」というのが、本当の戦争を終結させる方法だと、私達にわかります。

そして、オームの口から出す多くの金色の触手によって、元気になったナウシカは、そのオームの金色の手で作られている草原の野原の上を笑顔で、軽やかに歩むのです。
この時に、あの予言が成就されるのです。

 

        その者  蒼き(あおき)衣を  まといて、
        金色(こんじき)の野に  降り立つべし。
        失われし  大地との絆(きずな)を結び、
        ついに  人々を蒼き清浄の地に導かん。

 

                坂本  誠P8310154

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