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2012年2月

2012年2月27日 (月)

千六百五十一: 炎

            炎
            
            
    宇宙の
    はてしない底から
    大きな  大きな炎が 
    雄々しく  立ち上がっている。
   
    その大きな炎が  幾つにも
    枝分かれしている。
    まるで
    五線譜のように。
   
    その間を
    火の粉が舞い上がる。
   
    大きな火の粉が
    そのまま音符となって
    宇宙空間に
    一つのメロディーを
    奏でている。
   
    メロディーが詩にもなり、
    淡い煙にもなり、
    心地良い  香りにもになり、
    それらが  幾重(いくえ)にも  私達を取り巻く。
    全てが  鳥のような
    生き物のように。
   
    炎が  宇宙の
    はてしない天頂にまで
    吹き上がり続ける。
    それにつられて、
    巨大なメロディーも
    静かに
    舞い上がり続ける。
   
    とこしえに。
   

   
                坂本  誠

千六百五十: 引用_111

    多くの人びとを一人でも
    救いたいと思うのならば、
    ほんとうに愛をなしていきたい
    と思うのならば、
    我が身を捨てて、
    この道を切り開け。
    神のお心のために、
    命を捧げて仕事をなせ。

        (役小角の霊言)
        (えん の おづの)

            『日の本の神ここに立つ』   
            レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より 

                坂本  誠

2012年2月26日 (日)

千六百四十九: 引用_110

    急がねばなりません。
    焦ってはいけないけれども、
    速やかに仕事をしていかねば。
    多くの人びとは本来の
    神の言葉を待っているのです。
    わたくしたちのメッセージを
    待っているのです。

        日蓮聖人の霊言

            『日蓮聖人メッセージ集1』 
            レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版

                坂本  誠

千六百四十八: 河(独白)

河を見ていると、どこか心が安らぐ。
ただ、ひたすら、水が上から下に流れ下るだけなのだが、なぜか人はそこに心地良いものを感じるかと思う。
道路や都会を見ても、それら人口のものとはまるで違った流れが河にはある。
多分、「流れ」というものが大事なのだろう。
「流れ」というものは、絶えざる移動を意味する。
空気などでも、流れが無い場所はよどんでしまい、汚れた空気が溜まってしまう。
思えば、人の心の思考も一種の流れだ。
過去から未来へと永遠に続く流れだ。
一瞬も止まることは無い。

空気の流れは「風」になるが、今一つ人にとって、「流れ」というものの雰囲気をつかみにくい。
また、海の中の流れは「海流」になるが、これも今一つ「流れ」の雰囲気をつかみにくい。
だから、「流れ」の美しさを堪能できる最高のものは、「河の流れ」だと思ってしまう。
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河の上流ぐらいの流れを聞いていると、心地良い。
沢の流れに耳を澄ますと、岩と水がこすれ合って、その音を、かもしだしていることがわかる。
自然の出す音の美しさはこんなところにも隠れている。

ひょっとしたら、その音の上に沢ガニが横ばいに動いているかもしれない。
また、アユやマスなどの飛び跳ねる音も、その河の流れとマッチしているだろう。

河の流れを見ることと、それらの音に耳を澄ましていると、人の心は癒されるだろう。
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そんな川面(かわも)の上にゆらゆらと月影が照り輝く時がある。

ただでさえ、河の流れを見ていると、そこにはキラキラとしたものを感じる。
その上、月の光がその河の上にかかると、河の輝きと月からの輝きで、川面は不思議な光の粒で満たされているかもしれない。
河の輝きと月からの輝きが織り成して、そこには不思議な音楽が流れているかもしれない。

河の流れをじっと見ていると、もっと美しいものを感じることが出来るかもしれない。20100319132326
                   
                   
                   
                   
                   
                坂本  誠

千六百四十六: 引用_109

神の子であるということ、愛のエネルギーの存在であること、それを開放するその扉のキーワードに私はワクワクする心ということを、あなた方に伝えたのです。

                :
               
あなた方は気高い神の子であるのです。
愛の化身であり、愛のエネルギーの奔流でもあるのです。
そのことに気づくには、その扉の開け方、扉がどこにあるのかも忘れて、心の中にあるんだよ、

                :
               
その扉はね、自分の気持ちに正直になって、まず魂がワクワクする、興奮する言葉を、自分の中において見つけたとき、その波動に合わせて自分の内側から勢いよく出てくる、それが愛のエネルギーの奔流なんだよ。
あなた方がまず自分に正直に生きなかったら、その神の子としてのエネルギーは、愛のエネルギーは出てこないんだよ、っていうことを私は長いことチャネラーたちを使って、あなた方地球にメッセージを伝えてきたのです。
それしか言っていない。
私は決してそんな難しいことは言っていないはずなのです。
私は宗教家ではありません。
私はただの、普通の、宇宙の、あなた方の友であります。
その時、私たちのように、けっして難しい、あなた方地球人のようにそんな難しいことを頭にいっぱい詰め込まなくても、私たちはとても幸せであります。
神に生かされた愛の存在であるということ。

   

        バシャール(宇宙人)の霊言

            『宇宙連合からの呼びかけ』 
            レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版
   
   
                坂本  誠

千六百四十七: ウィルスなどについて

こんにちわ。

昨今、インフルエンザやノロウィルスなどが流行っていると、メディアでは言われています。
ですので、人間も、外出して、自宅に帰ってきたら、うがいや手洗いを薦められています。
「屋外に出回っているウィルスを落として、自宅にそれらを入れないようにしよう」というわけですね。

人間には、それらを推奨されていますけれど、私はペットの手足もよく拭いてやった方が良いと思います。
犬でも、最近は、自宅に入れているケースも多いでしょう。
ですから、犬や猫の手足もよく洗ってやった方が良いと思います。

上のインフルエンザやノロウィルスだけでなく、屋外にあるような黴菌(ばいきん)も落とせるでしょうし、それに家の中自体も清潔さが保てると私は思います。
また、当然、犬や猫の手足も綺麗になるので、人間の病気や犬猫の病気を防げることが出来るのではないかと私は思います。

やはり、病気を減らすには、清潔さを保つことが第一だと私は思います。
                   
                   
                   
                坂本  誠

千六百四十五: 引用_108

私はモーリャである。
あなた方の文明ではモーゼと呼ばれている。

                :
               
もうすでにあなた方は知っていると思うが、多種多様なものをすべて受け入れるというのが、地球創世のときからの基本方針である。
それは、我々九次元レベルでの決定事項ではない。
太陽神霊との申し合わせに基づき、地球神霊が決められたことである。
次に言っておきたいことは、姿形が異形だからといって軽蔑してはいけないということである。
あなた方が「妖怪」と呼ぶ者たちのことを言っているのだ。
確かに彼らはあなた方のように知的ではないし、理解力もずっと劣るかもしれない。
しかし、彼らもあなた方と同じように神につくられた神の子たちなのだ。
彼らは常に満足感にあふれ、自分たちの生活を心から楽しんでいる。
たとえ知的であっても、不平不満ばかりを心の中にため込み、神に対する感謝もなく生きている者たちよりも、ずっと好ましい存在であると私には思える。

                :
               
彼らの数はそれほど多くなく、知的レベルから見ても、その後の地球人の進化発展についていけそうもなかったので、私は彼らの魂を、私の母星に返そうかと思った。
そのとき、エル・ランティをはじめとする他の九次元霊たちから、「地球にとどまらせようではないか。彼らも同じ神の子たちである。多種多様な生命を受け入れるというのが、地球創世時からのコンセプトではないか」と言われた。
私が彼らに「どうしたいのか」と尋ねたところ、「地球に残りたい」と答えた。
彼ら自身が地球にとどまることを望んでいることが明らかになった。
彼らの自由意思を尊重することも大切なことだと思い、私は、彼らが地球にとどまることに同意した。

                :
               
最後に科学を超えて、霊的視点に立って次のステージに行かなければならないのだ。
それに対し、そうはさせるものかという、凄まじいほどの抵抗を示しているのが、ルシファーをはじめとする魔界の者たちである。
彼らは、なりふりかまわぬ無差別憑依で地上を混乱に陥れ、人びとの間に不信感をまき散らしている。
魔が入り込むのは、何度も言うが常に己心の魔からである。
自らの内なる思いを点検し、常に神の方向に自らの思いを向けることである。

                :
               
しかし、私たち九次元の者たちは、あなた方が力を結集してこの難局を乗り切り、手に手を取って次のステージに進んでほしいと、心から願っている。
どうか、自分たちが今までやってきたことは、すべて今このときのためだったと思い、頑張っていただきたい。
それが私、モーリャの願いである。

        (モーゼの霊言)

        『ガイア  その愛  その光』
         by アマーリエ
         徳間書店・五次元文庫

                坂本  誠

千六百四十四: 古事記とギリシャ神話について

おはようございます。

古事記とギリシャ神話について考える機会がありました。
世界中に神話が多いものの、この古事記とギリシャ神話ほど、豊かで多彩でボリュームのある神話は少ないのではないかと思います。
また、よく語り口調で綴られているのに気が付きます。
神話と言えども、ある程度、小説のように読めるのですね。

ですから、古代の神々が生き生きと描写されているのに気付きます。
また、「生き生きと描写されている」ということは、つまり、小説のように語られているということは、それだけ、多くの人々に愛されているゆえんだと思うのです。

私達も普通、小説を読む時、面白さを感じるのは、その主人公や描かれているキャラクターに非常に、人間味を感じるからでしょう。
古事記にしろ、ギリシャ神話にしろ、登場してくる神々に親しみやすさと愛情を感じると思います。
そして、神々が豊かな心を持って、人々に接するので、その喜びと感動が2000年や3000年経った今でも、長く語り継がれているゆえんだと思うのです。
どちらの神話の神々も、民のために一生懸命、政(まつりごと)を行います。
そして、人々と共に喜んだり、悲しんだり、または、神々の悩み事も色々と語られています。
ですから、多くの人々の間に語り継がれ、今でも、古典として本屋の書棚に並んでいるのだと思います。
それだけ、古事記とギリシャ神話は芸術的だと思います。

そして、それらの神話をまとめた人々も、かなり以前の人々ですが、人の心の情操は時代を超えているものだなあ、と私は感じます。
つまり、古代の人々と現代の人々も、心が通じ合うのです。

もし仮に、それらの古代の人々、つまり、神話を作った人々やまとめた人々が現代の目の前の私達に現れても、言葉の違いを乗り越えれれば、充分に、私達は心を開いて話し合うことが出来ると、私は思います。
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また、世界最初の小説は、日本の『源氏物語』と言われています。
平安時代の作品ですから、現代から、もう、1000年以上経っていますね。

しかし、その小説よりも前に、小説と呼べるひな形は、既に、古事記やギリシャ神話のように、編纂されていたわけです。

古事記やギリシャ神話を神話として読むと同時に、小説として読み直すのも面白いことかと思います。Img7d83fae267c2

                坂本  誠

2012年2月25日 (土)

千六百四十一: 教育について

こんにちわ。

教育について考える機会がありました。
昨今のメディアで報道されていることに、日本の生徒の学力不足が指摘されているようです。

学校の教師の方々は、長い年月、生徒を見ているでしょう。
そして、自発的に学習に取り組む生徒は、自ら勉強していくので、そういう生徒に対しては教師はあまり心配することは無いでしょう。
しかし、また、ある生徒を見ると、あまり自発的に学習しようとしていない生徒もいるのに気が付くでしょう。
学校の教師は、その生徒の方の学力を心配するでしょう。

ですから、私が考えますに、

    「生徒の学習意欲を増すにはどうしたら良いのか?」
   
が、これが問題の本質ではないかと思うのです。
学習意欲の強い生徒は自ら、何かを学ぼうとします。
しかし、これの反対のケースが問題だと思います。

しかし、その学校の教師も、大きな目から見たら、一人の生徒でしょう。
これは、どんな人間も、実は生徒であるからです。
なぜならば、永遠に人間は進歩する存在でもあるからです。
ですから、学校の先生にしても、「生徒を向上させよう」という教育の使命に対する意欲に差があるかと思います。

これは、学校の先生だけではなく、全ての人間は、永遠に学ぶ存在ですから、自分の課題とする何かについて、「どれだけ意欲を持つのか?」が問題になるかと思います。

意欲の開発。
または、生徒の意欲を向上させる教育の開発。
これが本当の問題だと私は思います。

私の意見を書いてみました。

                坂本  誠

千六百四十二: 引用_106

                   
今から一億二千万年頃になると魔界が拡大し、地上の人間に対する影響が甚大になってきました。
天上界としても対策を考えなくてはいけない状況になったのです。

                    :
                   
しばらくして、アモール(イエス・キリスト)から対応策が出されました。
それは三つの提案からなっています。
まず第一の提案は、地上に生きる人間たちの霊道を開くことを原則禁じるということです。
「霊道を開く」とは、霊能力を発揮することです。
それまでは地上に肉体を持っていても、ある程度霊界の者たちと交信ができ、各人の得意とする霊能力を発揮することができました。
それを禁じようということです。

                    :
                   
霊道を開いた状態で、心のコントロールができないと危険なのです。
怒りや恨みの思いが出ると、それらの思いに応じた悪霊が近寄ってきます。
そして、巧妙にその人の心に入り、正常な判断ができないようにしてしまうのです。
霊道が開いていると、完全に憑依されることになります。
心が完全に乗っ取られる状態です。
霊道が開いていなければ、憑依されても完全に乗っ取られる状態にはなかなかなりにくいのです。
                   
                   
                   
        『ガイア黎明  生きて意識ある地球はこうして生まれた』
         by アマーリエ
         徳間書店・五次元文庫

                   
                坂本  誠

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