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2012年1月 9日 (月)

千四百三十三: いじめについて

こんにちわ。

学校の中で、いじめというものがいまだに起きているかもしれません。
例えば、ちょっと変わった子供が、他の何人からか、いじめられているかもしれません。
その「変わった子供である」という理由が本当に、いじめの理由となるでしょう。

その変わった子供というのは、様々なパターンがあると思います。
爪を噛む癖が人より多いとか。
本ばかりを読んでいるとか。
ないしは、人とあまり付き合わず、孤独を好むタイプとか。
あるいは、明るく無く、静けさを好むタイプとか。
あるいは、ちょっとだけ、衣服が汚れている子供とか。
それらのパターンを挙げていくとキリが無いかと思います。

しかし、それら、上の理由によって、本当にそれらの子供がいじめられる理由になるのでしょうか。
ちょっと変わっているからといって、その子がいじめられる理由になるのでしょうか。

この場合だと、いじめている子供の方が間違っていると、大人の方でもわかるかと思います。
ちょっと変わっている何かを持っているからと言って、その子供をいじめる理由にはならないからです。
様々な人が様々な個性を持つので、お互いの違いを素晴らしいものと認め合い、より良い方向に友愛を深めるべきだからです。

ですから、ちょっと変わった子供であるからと言って、その理由を持って、いじめる理由にはならない筈です。
お互いに様々な個性があるからこそ、この世は素晴らしいのだ、と考え直してはどうでしょう。

もし、学校の中で、全く似たような学生ばかりだと、そちらの方が素晴らしいものを感じないかと私は思います。
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また、何人かのグループが惰性的に、ある特定の子供をいじめている場合もあるかと思います。
この場合は、すでに、その特定の子供をいじめる理由そのものが、そのグループの子供たちには消えていることに気が付きます。
つまり、ただの惰性である特定の子供をいじめているかと思われます。
つまり、理由の無い状態で、その子供をいじめている状態かと思われます。
その場合は、そのいじめる側のグループの方に、明らかに、ネガティブな心があるかと思われます。
また、惰性的に、ある子供をいじめようとしていますから、まるで悪い風邪が校舎内で流行っている状態になっているかと思います。
そして、最初の風邪の原因さえも、もうわからず、ただ、そのいじめがずっとやまない風邪のように校舎内に蔓延しているケースもあるかと思います。

ジェームズ・ディーンの『理由無き反抗』という映画がありました。
上のように、もし、学校のどこかで、ある、いじめる側のグループの一人が、「これは理由無きいじめだ」と気が付いたら、それは自らの心が黒く汚れている、つまり、悪の心かと思われますので、

    「私こそ、悪人であったのだ」

と、考えて、いじめをやめるか、いじめる側のそのグループから外れることをお勧めします。
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さらりとした気持ちで以下の内容を書いておきます。
以下のものもいじめの原因の一つです。

子供の方々は意外にわかりにくいのですが、子供でも心がつるつるピカピカに磨かれた人もいます。
で、普通の私達にはわかりづらいのですが、そういう人は、世間的な感じで言うと後光やオーラが強い状態です。

で、普通の私達がそのような人に近づきますと、そのような人の発する光によって、こちら側の心の汚れがピックアップされて、映し出されるのですね。
結果、心の汚れを映し出された側の人は、自分の心の汚れが見えてしまうので、苦しくて、たまりません。
つまり、その自分の心の汚れた部分が暴れ出し、その結果、無意識的に、その心の磨かれた子供をいじめてしまう、という例があります。
いじめる子供にとっては、自分の心の汚れた部分を隠していたいわけですね
そして、いじめている子供にとっては、「なぜ、自分はこの人間をいじめたいのかよくわからないけれど、変にいじめてしまう」という例があります。

こんな場合は、くつろいだ気持ちで、素直に心が磨かれた人と握手をしたら良いと思います。
握手をすると、まず、安心感が湧いたり、その人からエネルギーをもらえて、いじめたい人の心が落ち着きます。
そして、いじめたい子供の心も晴れやかになり、安心感を得ます。
結果、いじめもおさまります。
その後に、自分の心の成長に励むべきかと思います。

子供の世界でもそうですから、当然、大人の世界でもあるわけです。
そんな時は、大人でも握手を求めても良いと思います。
現に私もそうします。

以前『千四百三十:握手とハグについて』も書きましたけど、この点でも、私は握手とハグをお勧めします。
しかし、会社の中の階級や何かのシステム上での役職がこの心の内部のオーラに比例しているかというと、全くそうではないです。
役職が上であればあるほど、そのオーラの光の量が上とは限りません。
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しかし、その他にもいじめの原因なりはあるかと思いますので、それは気付いた時に、また書きたいと思います。
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この段落は『七十五:理由なき悪』の続編みたいなものです。
その『七十五:理由なき悪』は、ちょっと古い文章となっているのですが(2009年2月23日)、それも合わせて参照してくださると嬉しく感じます。
現在(2012/1/9)の時点と2009年ぐらいからの私の成長の比較も出来ると思います。

                坂本  誠

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