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2012年1月16日 (月)

千四百四十四: ぜんざい(独白)

               2012年1月X日
               
今日は友人達との集いがあった。
見慣れている友人達と集まった後、普段、会っていない友人達と会って、しばしの触れ合いを持った。

幾ばくか時間が経った後、私達はぜんざいと、ちょっとしたお菓子を食べた。
私はこの質素で素朴な雰囲気が好きだ。
昔は、豪華な食事を好んでいたのだが、最近はすっかり、和風のあっさりした食事を好むようになった。
こちらの方が身体にも良いし、ヘルシーだ。

それに、ぜんざいと言うものも乙なものだ。
食べていて、奥深い和の心を感じる。
「和」とは、当然、大和のことを意味する。
このぜんざいにも、「わび」と「さび」を感じる。
あの外国語には翻訳不能とされている「わび」と「さび」だ。

以前、『二十六:「わび」と「さび」について』で、私なりに感じた「わび」と「さび」の言葉を説明しておいた。
それが以下のものだ。
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    多分、私が思うに「わび」と「さび」には、あまり意味が無いのだと思う。
    強いて、その単語の意味を説明するとすれば、目の前に広がる益田市の、その不可思議な光景の雰囲気だ。
    「何とも言えなく、とらえどころもなく、つかみどころもなく、不思議な奥ゆかしい美しさ」とでも「わび」と「さび」を定義したらいいのだろうか。
    雰囲気語だと思う。
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今でも、「わび」と「さび」という言葉を使う時には、一種の趣を感じてしまう。
一興と言えるだろう。
なぜならば、日本人でも、この「わび」と「さび」という言葉をうまく説明できる人は、あまりいないと思うから。

しかし、冬の黄昏のような光景の中で、親しい友達と共に、ぜんざいを食べる。
その雰囲気自体が「わび」と「さび」と言えると思う。

日本語は難しいようでいて、結構、面白い。
               
               
                坂本  誠

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