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2011年12月30日 (金)

千四百十四: 映画『夢』について_No.2

こんばんわ。

千三百六十二:映画『夢』について』の2段目です。
前回は、ちょっとクールな内容の話をしたのですが、今回は芸術的な観点から見た感想文を書こうと思います。

短編映画のオムニバスで、八編の短編映画で構成されています。
前回も私の分類したタイトルを使わせてください。

    第一話:『狐の嫁入り』
    第二話:『桃の精とひな祭り』
    第三話:『雪女』
    第四話:『帰還兵』
    第五話:『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホと』
    第六話:『富士山爆発』
    第七話:『地獄の鬼たち』
    第八話:『水車村にて』
   
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黒澤明の他の映画も幾つか見ているのですが、この『夢』は何回か見ています。
黒澤明の名画とされているものは白黒作品が多いせいか、やはり、カラー作品である、この『夢』の画像の美しさには参ってしまいます。Img7d94c76145bf
昔から、世界の映画人から、「黒澤明の映像美術は凄い」と称されています。
ですから、カラー作品である、この『夢』だと、十分にその映像美術を堪能できます。

第一話:『狐の嫁入り』でも、人間の姿をした狐が嫁入りの行進をするのですが、嫁入りの行列が一糸乱れないので、よほど練習をしたのだ、と推測できます。
また、森の中を幼少の黒澤明が通るのですが、その森の美しさとかにも驚きます。
また、よく言われていますが、黒澤明は光と闇の織り成すそのバランスの美しさはここでも現れています。
これは、この『夢』全般にわたってそうですね。
黒い森の中に一条の光が射したり、かなり、効果的に霧が現れたりします。

第二話:『桃の精とひな祭り』でも、幼少の黒澤明がひな祭りの最中に、家の外の竹林に出ます。
その竹林の雰囲気も、かなりのものです。
そして、黒澤明が家の外で、ひな祭りを見るのですが、その祭りの美しさも圧倒されます。
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他にも色々と書けるのですが、この作品は直接、読者の方が見た方が良いかと思います。

で、細かく見れば見る程、映像の芸術を味わうことが出来るのですね。
最初、一回、見ただけだと、その画像の美しさを味わうことが難しいです。
映画の視聴者にとっては、最初、一回目を見る時は映画のストーリーを追うことに懸命だからです。
だから、映像美術の方にあまり目が向きません。

しかし、何回か見ていると、その映像美術の凝り方に凄いものを感じます。
映画製作者で無い人間から見たら、「最新の特撮技術を使えば、もっと凄い映像美術を作ることが出来るでしょう?」と考えたくなるかもしれません。
しかし、多くの特撮技術の無い時代でも、黒澤明は美しい映画を作っています。
この理由は個々の人の持つ美術センスの問題でしょう。
黒澤明は映画監督になる前は、画家が志望だったそうです。
その画家の志望だった頃に鍛えた美術センスが映画に応用されたのでしょう。

画家の人は、「どういうアングル(角度)で絵を描いたら、絵が綺麗に見えるか」とかをよく考えるでしょう。
また、光と闇の画家として有名なレンブラントがいます。
そのような感じで、光と闇の効果的な使い方を映画の画像の中で追及しています。

映画の世界で「世界の黒澤」と呼ばれていますが、「もし、黒澤が画家になっていたら、、、」ということを私達の多くは想像してみたくなるかもしれません。
と言うよりも、黒澤明はすでに自分の制作する映画の中で画家そのものになっていたのかもしれません。
黒澤明は映画監督であると同時に、画家でもあったのだとわかります。

映画のストーリー自体も面白いのですが、この映像芸術も凄いものがあると思ってしまいます。
確かに、世界の映画監督も上と同じようなことを言っていたと私の記憶にあります。
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映画のメッセージそのものも私達は心打たれるものがあるでしょうが、この美しい映像芸術に触れると、私の心は清まります。

こんな美しい映画を見せて頂き、黒澤明さん、どうもありがとうございました。

                坂本  誠

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