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2011年12月12日 (月)

千三百九十: 愛について_No.2

こんばんわ。

八百九:愛について』の2段目です。

一般に、人々は「愛の深い生活を送るように」と言われています。
しかし、愛が深すぎれば、それは執着になります。
仲の良い男女の愛を見てもそうです。
普通、そのような男女というものは、愛の深い生活を送ります。
だからこそ、何かの際に別れるのが苦しみとなります。
しかし、逆に、仲の悪くなった男女関係も時に見かけます。
そのような男女が別れる際には、(私個人の見る限り)その別れ自体にあまり苦しみを見かけないように感じます。

今度は学校生活のことを考えてみましょう。
学校の中で何かの事を厳しく教えるのも正しい愛かもしれません。
しかし、別のある学校では、その同じ事をやさしく教えることが正しい愛かもしれません。

私達は愛を深く持たなくてはならないでしょう。
しかし、愛を深く持ち過ぎてもいけないのでしょう。
このようなことを考えると、愛というものを考え始めたら、キリが無いということに気が付きます。

私達は愛の深い生活を求められますが、それが深すぎると執着になり、かえって欲望となります。
こう考えると、愛の話題に終わりがありません。
どこまでもどこまでも広く広く愛についての話題が大きくなります。
その「どんどん、どんどん愛の話題が大きくなる」ということ自体が、言い換えれば、「愛は広がり続ける」ということだと思います。
それ自体が、愛そのものの性質なのかもしれません。

「愛」というものに雄大さを感じます。
その質と量が光のように永遠に変化し続ける。
それが愛なのかもしれません。

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            愛と光      

    愛が光となり、光が愛となり、
    光と愛が結ばれ合い、
    羽毛のように  触れ合い、
    お互いの中で響き合う。

    光と愛が  織り合わされる中、
    速くもあり  遅くもある
    一つの  やわらかな音楽が流れ続ける。

    その音楽に  のせて
    光と愛が
    私達の胸に  やって来る。
    一組の男と女のように。

                                           Img7d939bd680e
                坂本  誠

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