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2011年12月

2011年12月31日 (土)

千四百十五: 大晦日の大掃除

こんばんわ。

今年も、後、残すところ、わずかとなりました。
今年も大変、お世話になりました。
どうか、来年もよろしくお願いいたします。
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大晦日ということで、大掃除をしていました。
12月31日にしては、とても良く晴れた日で、また心持ちも良かったものです。
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四百八十七:掃除と病気』や『八百二十四:清潔さについて』でも書いているのですが、掃除は大事だと思います。
家の掃除をすることで、病気などを減らせるでしょう。

病院に行くと、よく掃除がされているのを見かけます。
病院ですから、風邪をひいた患者やその他の伝染病系の病気を持った患者も来院するでしょう。
風邪をひいた患者などは、病院の中にどうしても、菌を入れてしまうでしょう。
ですから、院内感染しないように、掃除をしているのをよく見かけたことがあります。
エアコンや換気扇を回して、それらの菌を取っても、フィルターを掃除しないといけません。
たまりっぱなしではいけないでしょうから。
また、廊下などにも菌が落ちているでしょうから、掃除をして、かつ、消毒液を廊下や床にまいている光景を見かけたことがあります。
つまり、清掃によって、病院の中の清潔度を上げて、院内感染しないように気を付けているのだとわかります。
また、そのままフィルターの中の風邪の菌や廊下や床の上の風邪の菌を直接、駆除しているでしょう。
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それと同じように、何かの病気の患者を持った家も掃除が大事かと思います。
上と同じ理屈で、家の中にばらまかれた菌を掃除で、はわき清めると、それらの菌が減りますから、家の中での感染も減らせますし、家の中に普段から潜んでいる黴菌(ばいきん)も減らせるでしょう。
家の中の掃除をよくすると、次第に病気が減ってくるかと思います。

また、身体も動かしますので、普段、身体を動かしていない人にとっても、掃除はゆったりとした運動になるわけです。
そのゆったりとした運動が、高血圧や高脂血症や糖尿病を持たれている人にとっては、これまた適度な治療になるかと思います。

つまり、家の中の掃除をよくすることによって、風邪のような伝染病系の病気も少なくできるでしょうし、成人病系の病気も減るかと思います。
家の中の清潔度がそのまま、体内の清潔度を表しているかもしれません。

また、家の中も当然、綺麗になるでしょう。
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やはり、ここでも、昔から日本の大和撫子(やまとなでしこ)の間に伝えられている、「清潔さを心がけよ」の精神ですね。

では、来年もよろしくお願いいたします。Img7d9450f6e5bc

                坂本  誠

千四百十六: NHKスペシャル『山田洋次・SLを撮る』を見て

大晦日の大掃除をしている間、不意にテレビの前を通り過ぎると、NHKスペシャル『山田洋次・SLを撮る  よみがえった名機関車』が目に入りました。
私は自分の大掃除の手を、しばし止めて、テレビを見始めました。

「新しく機関車を作ろう」というのではなく、ある場所に保存されていた機関車を修復して、それを走らせよう、という試みでした。
当然、鉄道ファンで無い人でも、その修復作業の難しさが予想できると思うのです。
ある程度、難しいプロジェクトと言えるでしょう。

テレビを見ていたら、やはり、ある場所に保存されていた機関車の内部にはかなりの錆や亀裂などが入っており、とうてい、そのままで使用できる状態ではありません。
その機関車を一つ一つ分解するのにも、かなり、手間がかかっていました。
また、その機関車の車体に大きく穴の開いた部分もありました。
その穴を修復しても、別の箇所に悪影響がありそうでした。
また、SLのシリンダー部分の撮影などもされており、昔のメディアでは、当然、資料が残されていなかったかと思われます。
SLが最後に作られたのが、戦後間もなくだったらしいので、画像に残されていない部分だったのでしょう。
貴重な映像にもなったかと思われます。

また、ボイラー部分も一つ一つ丁寧に分解されていきました。
そして、ボイラー部分を組み立てる時に、リベット接合と呼ばれる、現在ではほとんど使われていない技術がそのまま使われました。
つまり、日本というのは、忘れ去られようとしている技術でさえも、修復可能なことを意味しているかと思います。
「新しい技術を生み出そう」というのは、普通、誰でも考えることでしょうが、「忘れ去られようとしている技術を継承しよう」という試みも、日本は上手いことを意味しているかと思います。

確かに、現在では、日本刀はほとんど製造されませんが、ごく少数の人に伝承されていることを私達、日本人は知っています。
やはり、日本人の温故知新の精神を学ぶことが出来ます。

そして、何年間かの時間をかけて、ついに、SLは完全に修復されて、本当のレールの上を走ります。
確かに、新幹線のように速く走らないでしょうが、私達があのSLの懐かしみを感じるのはなぜでしょうか、、、
あの汽笛の鳴り具合と走る様が良いのでしょうか、、、

SLファンは多いと聞きますが、確かに、「SLのどこが良いのか?」と他の人から尋ねられても、あまり、明確な答えは誰も出せないのではないかと思います。
登山家の人に、「なぜ、あなたはそんな危険な思いをしてまで、山に登るのですか?」と、私達が尋ねても、登山家が「そこに山があるからだ」と返事をされるのに似ていると思います。

ともあれ、また新たな意味でのプロジェクトXが誕生したかと私は思いました。Img7d9406586580
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追加です(2012/1/1)。

登山家のエピソードを上に書きました。
それから考えると、SLファンで無い人がSLファンの人に、「なぜ、あなたはそんなにSLが好きなのですか?」と、尋ねても、きっと、SLファンは「目の前にSLが走っているからだ」と返事をするかもしれないですね。
              
              
                             
              
                坂本  誠

2011年12月30日 (金)

千四百七: 逆境について

逆境について考える機会がありました。
どんな人間でも生きている時に逆境を持つものです。
人生の向かい風の時ですね。

例えば、病気の時とかも一種の逆境と考えられるでしょう。
病気をしている時はつらいものです。
しかし、よく言われていることですが、また、私も書いていますが、病気の時に、自分の健康体に感謝できるものです。
そして、病気が治った後、健康体を取り戻すと、実にその健康体に感謝できるものです。
そして、健康の時には、意外に自分の健康な身体に感謝していないものです。
ですから、考えてみると、病気というものにも感謝しないといけないのかもしれませんね。

う~ん、これは難しいものかと思います。
なぜならば、病気の最中に、自分の病気に感謝するということはちょっと難しいですからね。
これと同じように、何かの逆境も、その最中にあって、その逆境自体に感謝するというのは、なかなか難しいものです。
終わった後、つまり、病気が治った後とか、逆境の運命が終わった後ならば、その時期を振り返って、何がしか、その病気や逆境に感謝できるかもしれません。
そちらの方が簡単でしょう。
しかし、逆境の最中に、その逆境に感謝するというのは、ちょっとばかり難しいかと感じます。
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こんな時は、少しばかり、発想の転換が必要かもしれませんね。

例えば、大変忙しいお店があったとしましょう。
今日も、お店はお客さんでいっぱいです。
お店の売り子さんは、今日も一生懸命、お客さんをさばかないといけません。
売り子さんは大変です。

しかし、ある機会に、売り子さんがお客さんをつかまえて、

    「どうして、うちの店はこんなにお客さんが多いのですか?」
   
と、聞いてみると、お客さんが、

    「いや~、売り子さんが美人なんで、毎日、このお店は繁盛しているんですよ」
   
という答えが返ってきたとします。

俳優の渥美清さんが演じた『男はつらいよ』という映画がありますが、それのパロディを作って、売り子さんは

    「美人はつらいよ」
   
と、自分に言い聞かせてみるのも良いことかもしれませんね。
こうすれば、店で、毎日忙しい自分をなぐさめることが出来ますし、また同時に、自分は美人でもあったのだ、と自信をつけることも出来ます。
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上は一つの例なのですが、人が逆境にいる間は、どこかしら、ユーモアやウィット(機智)を使って、うまく逆境を交わすのも良いことかもしれません。

逆境の最中にも、肩のちからを抜いて、ちょっと別な事を考えてみる、という手です。

   
               
                坂本  誠

千四百十四: 映画『夢』について_No.2

こんばんわ。

千三百六十二:映画『夢』について』の2段目です。
前回は、ちょっとクールな内容の話をしたのですが、今回は芸術的な観点から見た感想文を書こうと思います。

短編映画のオムニバスで、八編の短編映画で構成されています。
前回も私の分類したタイトルを使わせてください。

    第一話:『狐の嫁入り』
    第二話:『桃の精とひな祭り』
    第三話:『雪女』
    第四話:『帰還兵』
    第五話:『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホと』
    第六話:『富士山爆発』
    第七話:『地獄の鬼たち』
    第八話:『水車村にて』
   
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黒澤明の他の映画も幾つか見ているのですが、この『夢』は何回か見ています。
黒澤明の名画とされているものは白黒作品が多いせいか、やはり、カラー作品である、この『夢』の画像の美しさには参ってしまいます。Img7d94c76145bf
昔から、世界の映画人から、「黒澤明の映像美術は凄い」と称されています。
ですから、カラー作品である、この『夢』だと、十分にその映像美術を堪能できます。

第一話:『狐の嫁入り』でも、人間の姿をした狐が嫁入りの行進をするのですが、嫁入りの行列が一糸乱れないので、よほど練習をしたのだ、と推測できます。
また、森の中を幼少の黒澤明が通るのですが、その森の美しさとかにも驚きます。
また、よく言われていますが、黒澤明は光と闇の織り成すそのバランスの美しさはここでも現れています。
これは、この『夢』全般にわたってそうですね。
黒い森の中に一条の光が射したり、かなり、効果的に霧が現れたりします。

第二話:『桃の精とひな祭り』でも、幼少の黒澤明がひな祭りの最中に、家の外の竹林に出ます。
その竹林の雰囲気も、かなりのものです。
そして、黒澤明が家の外で、ひな祭りを見るのですが、その祭りの美しさも圧倒されます。
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他にも色々と書けるのですが、この作品は直接、読者の方が見た方が良いかと思います。

で、細かく見れば見る程、映像の芸術を味わうことが出来るのですね。
最初、一回、見ただけだと、その画像の美しさを味わうことが難しいです。
映画の視聴者にとっては、最初、一回目を見る時は映画のストーリーを追うことに懸命だからです。
だから、映像美術の方にあまり目が向きません。

しかし、何回か見ていると、その映像美術の凝り方に凄いものを感じます。
映画製作者で無い人間から見たら、「最新の特撮技術を使えば、もっと凄い映像美術を作ることが出来るでしょう?」と考えたくなるかもしれません。
しかし、多くの特撮技術の無い時代でも、黒澤明は美しい映画を作っています。
この理由は個々の人の持つ美術センスの問題でしょう。
黒澤明は映画監督になる前は、画家が志望だったそうです。
その画家の志望だった頃に鍛えた美術センスが映画に応用されたのでしょう。

画家の人は、「どういうアングル(角度)で絵を描いたら、絵が綺麗に見えるか」とかをよく考えるでしょう。
また、光と闇の画家として有名なレンブラントがいます。
そのような感じで、光と闇の効果的な使い方を映画の画像の中で追及しています。

映画の世界で「世界の黒澤」と呼ばれていますが、「もし、黒澤が画家になっていたら、、、」ということを私達の多くは想像してみたくなるかもしれません。
と言うよりも、黒澤明はすでに自分の制作する映画の中で画家そのものになっていたのかもしれません。
黒澤明は映画監督であると同時に、画家でもあったのだとわかります。

映画のストーリー自体も面白いのですが、この映像芸術も凄いものがあると思ってしまいます。
確かに、世界の映画監督も上と同じようなことを言っていたと私の記憶にあります。
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映画のメッセージそのものも私達は心打たれるものがあるでしょうが、この美しい映像芸術に触れると、私の心は清まります。

こんな美しい映画を見せて頂き、黒澤明さん、どうもありがとうございました。

                坂本  誠

千四百八: 宇宙人について

こんにちわ。

最近、本屋に行くと、宇宙人ものと呼ばれる本が多いのに気が付きます。
一昔前だと、幽霊ものと呼ばれる本が多かったとは記憶していますが、それだけ時間が経ったのでしょう。

しかし、幽霊ものの本があるにせよ、「それは『迷いの霊』の言葉なのか?  それとも、善霊の言葉なのか?」という疑問も以前、多かったかと思います。
私達はどうやって見分けたら良いのでしょうか?

別に幽霊ものの本とか、宇宙人ものの本とかでは無く、現実の社会でも、私達に近づいてくる人が嘘を言っているのか、それともそうでないかを見分けるのは、大変なことです。
私達はどうやって見分けたら良いのでしょう?

ここに一冊の本があります。
その本から、ある部分を引用させてください。
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アミの言葉

宇宙から来る者たちの、これがほんとうに宇宙から来た、ソースというか、根源とつながっているかということをよく見るのは、その気持ちの中に純粋さ、ピュアなものがあるかということ。
それと、自分があまり何星の出身だとか、他の惑星がおかしいとか、そういうことは言わない、そこがひとつの判断基準なんです。
というのは、宇宙連盟というのは、みなもう争いとか攻撃ということからは、もう卒業しています。

よく知らない人たちの前で、他の惑星の人の悪口を言うということは普通はしないです。
それをしてたのならば、時を超えて、他の惑星にまで愛のメッセンジャーとして、スペース・エンジェルとしての役割を持って出てくる、宇宙連盟から派遣された指導員にはなれないということなんです。

普通は他の惑星の方の悪口とかは言いません。
それが判断基準だと思って下さい。

まず心で、皆様方の心の中にある愛の思いで見分けるという癖をつけてください。
知識では何とでも、言葉では何とでも言うことはできるのです。
でも、心の愛のセンサーで、しっかりと見分けていく。

                『宇宙連合からの呼びかけ』  レムリア・ルネッサンス    まんだらけ出版   

(引用終わり)
          
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上の文章から考えるに、これは普通の私達の生活にしても十分同じことが言えると考えられます。

私達でも、どこか、外国に旅行しに行くとしますよね。
そしたら、その外国の人々に、「私達の国のこの場所が悪い地域です」とは、普通は言わないでしょう。
私(坂本  誠)の場合だったら、「日本のこの場所が悪い地域です」とは、普通は言わないでしょう。

現実、私がある国、Aに旅行に出かけたとします。
そして、私がその外国、Aの人に「私の国、日本のBという場所が悪い地域です」と伝えたとしましょう。
そして、ある程度、時間が経って、その私の情報を聞いたその外国人が日本にやって来て、ちょうど、そのBという場所に訪れたとしましょう。
そして、その外国人さんがBという場所の人々と会話をして、

    「この、あなたがたの住んでいるBという場所は悪い地域だと聞いたが」

と、Bの場所に住んでいる人と語るとしましょう。
すると、Bの場所に住んでいる人は

    「(外国人に対して)あなた、その情報は誰から聞きましたか?」
   
となり、かなり話が悪くなってくるでしょう。
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また、これは私達の本屋に並んでいる普通の旅行雑誌でも同じです。
どの旅行雑誌も、たいてい、その土地の良い部分を強調しています。

なぜならば、その旅行雑誌がその土地の悪い情報を書いていたら、その土地自体に旅行者が行かなくなります。
ですから、何かの旅行会社がその旅行雑誌を出版すること自体に矛盾が生じてくるからです。
旅人がその土地を楽しく旅行できるように、また旅先で良い思いを旅行者が持ってくれるために、旅行会社はその旅行雑誌を出版するのですから。
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ですから、上のアミという人の語る言葉にしても、私達の日常世界に話を置き換えても、十分、話が通用するでしょう。
現実、私達の日常生活に役に立つ情報を言ってくれていることになります。

また、私の上の「現実の社会でも、私達に近づいてくる人が嘘を言っているのか、それともそうでないかを見分ける」のは、どうしたら良いのか?   という疑問にも答えてくれていることになります。
だから、「アミという人は、善良な宇宙人なのだ」と、私達は考えることが出来るでしょう。

               
                坂本  誠

2011年12月29日 (木)

千四百十三: お金の話題_No.2

こんばんわ。

これはお金の話題でもあるのですが、前段は『千四百十一:愛と恐怖について』です。
千四百十一:愛と恐怖について』の話は話の特徴から言って、『その他』のジャンルに分類しておきました。

私達は日常生活でお金を使っています。
しかし、よく見てみると、そのお金である1円玉もアルミニウムで出来ています。
他の10円玉や100円玉も銅やニッケルなどの合金で出来ていると思います。
つまり、お金は中間交換器具ですが、そのお金自体に既に地球の資源が使われていることに気が付きます。

これも資源の無駄とは考えられないでしょうか。
お札にしても、紙で出来ていますから、その元は主に紙でしょう。
紙の原料はパルプ、つまり、ほとんどが木で作られているかと思います。
ですから、森林資源も無駄に扱われていると考えられないでしょうか。
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1円玉を作るのに、そのコスト費用は、多分、1円以上でしょう。
つまり、お金を作れば、作るだけ、お金が必要となり、最終的には大いに赤字になるのではないでしょうか。
また、1000円札にしても、1万円札にしても、かなりのデザインが施されているのに気が付きます。
デザイン料もあるでしょう。
また、偽札が作られないように、お札には「透かし」とか、その他の最新式の技術も使われるのではないでしょうか。

つまり、お金そのものを作るのにも、かなりの料金がかかっているかと思います。
お金そのものが赤字と呼ぶものを作っているのではないでしょうか。

現実、古代ローマの時代でも、コインはあったでしょう。
そのコインを作る製造屋さんがいたでしょう。

しかし、国家としては、そのコインを作ってくれる人に、そのコイン製造の分だけの費用のコインをその製造屋さんに渡さなければ、いけなかったでしょう。
やはり、お金そのものが赤字そのものを作ったと思います。
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現実、世に配布されているコインに使われている金属や、お札に使われている紙をどこかに使えば、私達の生活の中の無駄が省けるのではないでしょうか。
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また、現実、メディアを見ていても、電子マネーと呼ばれるものは大変に危険なものだと感じます。
それに関係したインターネット上の被害が報道されていました。

それに電子マネーと呼ばれるものでも、お金でしょう。
つまり、電子マネーも中間交換器具です。
ですから、電子マネー上のお金の数値も、実際のコインとかお札に変換できるようにしておかないといけないから、やっぱり、本物のお札やコインは必要でしょう。
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コインそのものにもアルミニウムやニッケルや銅などが大量に使われている。
また、お札にも、大量の紙資源が使われている。
また、お金そのものを作るのにもお金が必要です。

私は貨幣経済というもののあり方が良くないかと思うのです。
地球をリンゴに見立てますと、お金というものが毛虫のような昆虫であって、そのリンゴをどんどんと食べているような気がします。

地球環境という環境問題の視点から見ても、お金とは良くないかと、私は思います。

一つの意見を述べてみました。

               坂本  誠

2011年12月27日 (火)

千四百十二: 祈り

            祈り
            
            
    私は祈る。
   
    その祈りは
    希望と喜びに
    満ち溢れたものであることを。
   
    決して
    他を害さない祈りであり、
    かつ、
    自分にとって
    最善のものであることを。
   
    そして
    他の人々の祈りも
    決して
    その周りの人々を害する祈りでないことを
    私は祈る。
   
    なぜならば、
    私達自身が
    光と安らぎ  だから。
   
    私達  全てが
    愛と幸せと平安を祈れば
    全ての世界が  そうなる。
   
    私が悲しみや苦しみと見えていたものは
    私が事情や理由を知らなかったので、
    それらは
    悲しみや苦しみに
    見えていたのだ。
   
    私達  一人一人は
    光の子なので
    私達全てが
    よりそい  集まれば
    大きな  大きな光となる。
            

               
                坂本  誠

千四百十一: 愛と恐怖について

こんばんわ。

愛と恐怖について考える機会がありました。

私達は生きていくうえで様々な恐怖を持つものです。
その様々な恐怖の種類を取り上げるのでは無く、積極的に、地上の上から恐怖を取り除く方法について考えてみました。
まず、身近に考えられる恐怖としては、メディアなどでも取り上げられている犯罪でしょう。
犯罪撲滅に努力しないといけません。

で、その犯罪の原因を私が見るに99%以上の犯罪がお金がらみの犯罪です。
だから、この地球からいっせいにお金を無くす、あるいは紙幣やコインはあるが、それらのものの有効を無効にすることかと思います。
こうすれば、この地球からお金というものは無くなりますから、お金がらみの犯罪は一切無くなるわけです。

時々、映画などでも見るのですが、お金持ちの人間が、あまりお金を持たない人から襲われています。
つまり、お金で人々が差別されているから、このような犯罪が跡を絶たないかと思います。
お金というものを管理しているのは様々な国家です。
それらの国々がお金で物資の交換をしている。
ですから、一国の内部だけで、お金というものを無効化するのではなく、全ての国でいっせいにお金を無効化しないと、「やれ、あの国はお金を持っている。羨ましい」となって、国家同士の争い、つまり、戦争という犯罪行為も起きるでしょう。

ここに一冊の本があります。
ある部分を引用させて頂きます。
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バシャールの言葉

「お金、地球のお金ですか、これ?
他に行ったら何も使えません。
私たちの世界でお金はなくても必要なものは互いに奉仕し合い、分け合い、分かち合うのです。
何もお金なんか持って行かなくてもみな必要なものは一つのスーパーみたいなところがありまして、皆行って取ってくるのです。
『いただきます。ありがとう。つくってくれた方ありがとう』
『どうぞお持ちください。あなたが生きていくために役立つのだったら、私たちはこのような食べ物を生産したことをとても誇りに思います。とても幸せに思います。どうぞお持ちください』
みなさんそう言って、自分達の作ったもの、そういうものを皆置いていくのです。
そしてお互いに感謝をし合っていただいていく。
そしてその、たとえば果物とか野菜を作った人ならば、他の靴を作っている、色んな物をつくった人たちが置いていく、そこにおいて『ありがとう。じゃあ靴をいただきます。ありがとう』
みな感謝の思いです。
そして自らの同胞、仲間たちが幸せに暮らすことができる、役に立ったという思いが、彼らの人生におけるひじょうに幸福感の裏づけになっているのです。
幸せというのはそういうものなのです。
それが愛の輪廻と呼ばれているものなのです。
愛の循環と呼ばれているものなのです。

                『宇宙連合からの呼びかけ』  レムリア・ルネッサンス    まんだらけ出版               
               
-------------------------------------
幸せそうな世界に見えないでしょうか。
平和で、争いも無く、全く恐怖の無い世界のように思えないでしょうか。
私達は、そのような世界に憧れないでしょうか。

それなのに、私達は差別化された世界で小規模の戦争、つまり、メディアなどで見かける犯罪を見かけます。
これは、競争原理を元にした社会機構だからでしょう。
上のような「愛の循環」を元にした社会機構に作り直すと、私達の身の回りにある犯罪などの恐怖が消えてゆくことに気が付きます。

また、上の文章を見ても気が付きますが、また、同時に私達が現実のお金を見ても気が付きますが、お金とは交換器具であることに気が付きます。
上の文章中では、その「お金」という交換器具が無いことに気が付きます。
また、そのような交換器具が無くても、うまく回転する社会なのでしょう。

お金が無くても、人々は正しい倫理観と切磋琢磨しようとする自らの精神があるのでしょう。
また、当然、お金が無いから、差別的なことも起きない。
人々の争いも無い。
私達のほとんどは、そのような世界に憧れないでしょうか。
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また、戦争という国家単位の犯罪もあります。
これも、地球の上から競争原理をやめた「愛の循環」を元にした社会機構に作り直すと、戦争も次第に無くなるでしょう。

戦争勃発の原因として、「隣国の物資を求めて戦争が起きた」という例がよくあります。
「物資」というのも、つまるところ、「お金」なのですね。
「お金」も「物資」も等価に扱われていますから。

つまり、お金とか物資とかを大量に持ちたい、という所有欲を無くして、上のように「愛の循環」で社会を動かす。
社会の発展や技術の発展も競争原理に基づかず、愛の原理で技術の発展を行う。
こうすれば、社会の発展も進むわけです。

よく、新しく開発された商品の説明会に、

    「我が社は社会の貢献のために、この製品を開発した」

というセリフを聞きますが、現実には、ライバル他社を打ち負かしたいという競争原理の元にそれらの製品を開発しているのではないでしょうか。

ですから、「戦おう」という精神をやめて、多くの人のための愛の精神をベースにして、社会を動かせば良いかと思います。
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また、当然、地球にある全ての兵器会社をいっせいに無くすと、地上の戦争も無くなるでしょう。
なぜならば、「戦おう」と思っている人々の手から全ての兵器が無くなるのですから。
これでこそ、地球の上の恒久平和というものが実現できるのではないのでしょうか。

戦場から武器が無くなるので、誰も戦いたく無くなるわけです。
メディアなどで見かける戦車の轟音や、多くの人の抱えるライフル銃を見て、私達は恐怖を感じないでしょうか。
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また、地上では色々な教義や主義が元で、人がいがみ合っているのでしょう。
ですから、地上から何とかの教義や何とかの主義とかも、もう無くした方が良いのではないのでしょうか。
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ですから、私達の生活の恐怖を無くすためには、愛の精神で、様々な社会制度を作り直すべきかと思います。
誰も彼もが恐怖心を無くしていきますから、地上が平和な世界に近づいていくかと思います。
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人の身体の病という恐怖もありますが、これは人と人との間にある恐怖とは言えず、人体の内部にある別個の恐怖と言えますので、今回は考慮の範囲に入れていません。

一つの意見を述べてみました。

                坂本  誠

2011年12月25日 (日)

千四百十: 私の話_No.2

こんばんわ。

千四百六:私の話』の続きです。
簡単な追加だけをもう少し書かせてください。

「世の中『迷いの霊』みたいなものがいるから、私達の霊道はふさがれている」というようなことを、私は書きました。
しかし、実を言うと、生きている私達だって、霊です。
霊というか、人間というか。
同じ人間なんです。
人です。

「神は愛なり」で、地上に生きている人々も神は愛してくれています。
しかし、人間同士のトラブルにより、そこにひずみが起こり、それが悪と呼ばれるものになっていったりします。
ですから、様々な局面、様々なトラブルがありますが、折に触れて、私達は神の愛を思い出すことが大事かと思います。
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以下は以前に書いたことです。
「神なんて私は見たことが無い」と言われる方もいると思います。
しかし、この宇宙を神だと考えても良いかと思います。
この宇宙そのものが無ければ、私達は一秒でも暮らすことは出来ません。
ですから、広大な宇宙に感謝の気持ちを持つべきかと思います。

宇宙創成、つまり、ビッグ・バンの時に、極微の一点から宇宙が誕生して、それが今の広大な宇宙になりました。
ですから、例えば、今、私の目の前にあるノートとかペンとかレンズでも、ビッグ・バンから約135億年かけて、様々な流転を経て、今現在、私の目の前にあるわけです。
ですから、それら、ノートとかペンとかレンズでも、宇宙の分け御霊(みたま)と言うか、神の分け御霊かと思います。

つまり、私達は常に眼前に神を見ていると私は思います。
ですから、私達の目の前に常に愛があることになります。
「神は愛なり」と言いますから。
だから、私達は目の前に常に愛を見ていると、考えることが出来るかと思います。

それは、確かに、私だって、様々な人だって、日々の苦しみのために、つい、そのことを忘れてしまいがちです。
しかし、折に触れて、「私達は常に眼前に神を見ている」とか「私達は常に眼前に愛を見ている」と思い起こしても良いかと思います。

                坂本  誠

千四百九: クリスマス(独白)

               2011年12月25日
               
今日は2011年12月25日だ。
クリスマスだ。
少し前から、大雪情報が出されていたから、心配していたものの、今は晴天だ。
風が強く、雲の流れも速いが、陽の光がさしている。
大雪とかでなくて良かった。
しかし、私は雪の日のクリスマス、つまり、ホワイト・クリスマスと呼ばれる日も好きだ。
ホワイト・クリスマスの反対の雪の積もっていないクリスマスのことをブルー・クリスマスと言っただろうか。
その辺はよく覚えていないのだけど、そうだとするならば、今朝の状態はブルー・クリスマスと言えるだろう。

私も生まれてこの方、何回もクリスマスを経験している。
しかし、西暦だと、今年は2011年だから、単純計算すると、地球は2011回もクリスマスを経験したことになる。
この2011回という数字は大きいようで、小さなようでもある。
地球そのものから見ると、短い期間なのかもしれない。

イエス・キリストの誕生日とされる今日が世界中の祝いの日になるまでに、少なくとも2000年の月日が必要だっただろう。
今では、日本もそうだが、キリスト教圏でない仏教諸国やその他の国々もこの日を祝っている。
もっとも、地球上では、まだ12月25日がクリスマスの祝いで無い国もあるかもしれない。
しかし、普通の国々は、たいていの人々がこの日がイエス・キリストの誕生日であると皆が知っている。
2000年の月日をかけて、イエス・キリストの誕生日が世界中に伝わった。
世界中を覆った。
特に、その誕生日の意味が世界中に伝わる必要があったのかもしれない。
私はその事情をよく知らない。

他の有名な方々も地球で誕生した以上、その方々の誕生日はあるだろう。
しかし、イエス・キリストの誕生日ぐらいに世界中の人々に知られているものは無いだろう。
何かの機縁なのかもしれない。20101227100935

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地上に生きる私達がこの日を祝福することによって、どうか地球全体が暖かい雰囲気で包まれますように。
              
              
              
                坂本  誠

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