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2011年10月21日 (金)

千三百二十: タイミングについて

このブログ『悲喜憐偉』も、この段で千三百二十段目です。
インターネットのブログの方に、自分のエッセイを出してはいるのですが、読者の方々もおわかりになるように、段落の番号が飛び飛びであることに気が付かれるかと思います。
段落の番号は整理のために付けています。

ですから、何かのエッセイを書いた後でも、

    「これは今、出さない方がいいかな。頃の良い時に後で出そう」

と、考えたりして、出しているので、次第に段落の番号が飛び飛びになってくるわけです。
また、かなり以前のものを出している時もあります。

中には、重いエッセイもありますから、ブログに掲載するタイミングを考えるのも、結構、難しいものです。
色々と種々雑多なことを書いており、当然、まだ、掲載して無いものもあるわけです。

ですから、タイミングをはかって、自分では出しているつもりです。
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しかし、考えてみると、人はいつ死ぬかわかりません。
どんな人でも、明日、事故などで死ぬ可能性もあります。
ですから、「ちょっと掲載するのを待っておこう」と思ったものは、やはり、いつかは掲載するべきかと思います。

やはり、机の引き出しにしまっておくのは、自分にとって、どうしてももったいない、と思ったものは、いつかは出すように努めています。
しかし、「どうしても出さないべきだ」と思ったものは、やはり掲載していません。
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「ブログに掲載する、掲載しない」の問題もあります。
また、上のように、掲載のタイミングの問題もあります。

ですから、文章表現というのも、「する。しない」の問題、また、掲載のタイミングの問題もありますので、私としても、ただ、書くだけではなく様々な要素を考えて、書かないといけないものだ、と考えてしまいます。

また、それだけではなく、「黙っておいた方が良い」、つまり、「今はブログを更新しない方が良い」という時もあります。
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これらのバランスを取るということも、文章を書く人にとっては、難しいものがあるものだと感じてしまいます。
               
しかし、これからも、よりいっそう、タイミングとバランスを考慮しつつ、文章の掲載をしていきたいと私は思います。
               
               
                坂本  誠

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