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2011年8月

2011年8月29日 (月)

千二百三十: 朝焼け

        朝焼け
       
       
    朝焼けは
    一つの音楽だ。
   
    黒から  橙(だいだい)へ。
    橙から  黄へ。
    黄の一点から
    翼のように
    青色が広がる。
   
    一つの壮大な
    色のシンフォニー。
   
    シンフォニーが
    天頂に向かって
    高まりゆく。
   
    日の光と共に。
   
   
                坂本  誠

千二百三十三: 宇宙の音楽

            宇宙の音楽
            
            
    宇宙を旅しながら
    聞く音楽は
    まるで
    煙か、光か。
   
    音の  ゆらめきが
    煙の  そよぎのようだ。
   
    光の  しなりが
    音の立ち昇る姿のようだ。
   
    光速で移動している
    私達に
    静かで
    ゆったりとした
    暖かい雰囲気を
    与え続けてくれる。
   
    音の手が
    母の手のようだ。
   
   
                   
                坂本  誠

千二百三十七: 笑顔

            笑顔
            
    笑顔は
    人の放つ  光だ。

                坂本  誠

千二百四十: 漢字について

書道展に行ったりして、その書道で書かれている漢字を見ると、よく旧字体で書かれていることに気が付きます。
例えば、現代では、「実相(じっそう)」と書くところを、「實相」と書かれていたり、「広い」と書くところを「廣い」と書かれていたりします。
前者を新字体と言いますが、後者を旧字体と言います。
だいたい戦前は、漢字を旧字体で、日本人は書いていました。
新字体は、たいてい、画数が少ないです。
画数が少ないので、新字体が作られたのかもしれません。
あるいは、覚えやすいためとか。
墨汁の量が少なくて済むとか。

しかし、それにしては、書道展での漢字は、よく旧字体で書かれています。
私が思いますに、きっと漢字の画数が多い方がカッコ良く見えるからではないでしょうか。
しかし、外国人にしてみたら、「漢字には新字体と旧字体もあるのか。なんて、日本語を覚えるのは大変なんだ」と言われる方もいるかもしれません。
だからこそ、逆に、ひらがなとカタカナの有難さも私達にわかるわけです。

また、中国に行っても、漢字には日本の新字体と旧字体に相当するものがあるようです。
これ以上、漢字を増やさない方が良いかもしれませんね。
覚えるのに苦労しますから。
               
               
                坂本  誠

千二百三十九: 都会で

こんばんわ。

一般に文章を書く人とか、何かの芸術に没頭する人は静かな環境を好むようです。
その方が気が散らないからでしょう。
でも、だからこそ、そのような人々を、あえて街の中の賑やかな場所に連れて行って、無理矢理、表現活動をさせてみるのも面白いかもしれません。
いつもは静かで何かを考えることが出来たでしょうが、いつもとは違う環境で、今度は彼は何を見出すでしょうか。

人の会話はもちろんのこと、賑やかな音楽も流れているでしょう。
何かのアトラクションも行われているかもしれません。
以前の彼にとっては、障害物だらけです。
しかし、それでも彼の筆は走るものでしょうか。
同じように筆が走らなければ、彼の筆のちからは、「周囲の環境に負けた」と言えるでしょう。
そのような感じで、環境に負けないちからを養うのも良いことかと思います。

それに部屋の中で何かに集中できる時は良いかもしれませんが、誰でも経験があるでしょうが、一人の時にモジャモジャと考えていたら、余計に悪い方向に考える時があるでしょう。
ですから、街の中で筆を走らせるのも一興かと思います。
               
               
                坂本  誠

千二百三十一: 疲れる時

少しおかしな話に感じるかもしれませんが、人は疲れる時も必要でしょう。
なぜならば、疲れた時は、快活だった時の自分のありがたさがわかります。
だから、「疲れた時」というのは、一種の病の時に似ていると言えるでしょう。
               
               
                坂本  誠

千二百二十八: 飛車と角について

こんにちわ。

日本の将棋で、飛車(ひしゃ)と角(かく)という駒があります。
将棋には、色々な駒がありますが、この飛車と角は、もっとも強力な駒として知られています。

将棋をご存じない方のために、ご説明しますと、飛車の動きは、どこまでも上下に動き、また、どこまでも、左右に動けます。
角の動きは斜めの動きです。
斜めの四方向に、どこまでも移動できるのです。
しかし、将棋を愛好している人は、すでに感じているでしょうが、この飛車というのは、男性的な駒です。
見ていて、そのような動きをする駒です。
そして、角というのも強力な駒ですが、将棋を指す人にとっては、どことなく、この角に女性的な雰囲気を感じるかと思います。
ですから、角を盤上に打つ際には、棋士は注意を払います。
そして、良い場所に打ち、使い方によっては、飛車以上の強力な駒となるのです。
面白いものです。

西洋のチェスを見ると、「ルーク」と呼ばれる駒が、「飛車」に相当します。
「ビショップ」と呼ばれる駒が、「角」に相当します。
そして、日本の将棋には無いのですが、「ルーク」と「ビショップ」の動きを兼ね合わせ持った駒が「クイーン」です。
男女のちからを合わせて、はじめて、最強の駒となるのですね。

これと同じように、人の世界も同じかと思います。
飛車と角の動きがあってこそ、はじめて、世の中が上手く回り始める。
飛車と角の動きは違うものの、どちらも最強の駒であり、棋士にとっては、どちらの駒も平等に愛し、上手に使える訓練をしなければなりません。
飛車と角の存在も面白いものだと思います。20110822084150
               
               
                坂本  誠

千二百二十五: 空と海

            空と海
            
            
    想像力に
    翼を生やして
    真っ青な空を舞う。
   
    眼下には
    真っ青な海が広がる。
   
    身の周りを
    ただ
    果てしない  青さが
    包むだけ。
   
    私のいる場所が
    空なのか
    海なのかも
    わからなくなる。
   
    青の中を飛んでいる。Img7d9392d02664

                坂本  誠

千二百三十六: 笑顔

            笑顔
            
            
    つらい日々に 
    笑ってみせる。
    それが本当の笑顔かもしれない。

                坂本  誠

千二百三十二: 感謝について

こんにちわ。

感謝について考える機会がありました。
今、世間で色々とあっています。
しかし、本当は、私達は感謝することで、いっぱいだと思うのです。
今日、長雨から解放されて、美しい日の光を見ています。
これも感謝できることかと思いますが、思い直してみれば、世の中には感謝できることが様々、いや、無数にあるのに気が付きます。

目をつぶって、暗闇の中で、今までお世話になった人に、心の中で「ありがとう!」と大声で言ってみるのも良いことかもしれません。

暗闇の状態だと、うまく瞑想が出来るのです。
その暗闇の状態で、綺麗な音楽を聞くと、心が清められるので、落ち着いた精神状態で、今までご縁のあった人に、ありがたさを思い出して、「ありがとう」と言ってみるわけです。

現実の世界では、結構、色々とあって、何かに深く感謝できる機会が意外と少ないわけです。
これからも、現実の世界では変化が予想されますので、私達の心は落ち着かないかもしれません。
ですので、上に書いたような形で、人々への感謝の気持ちを思い出すことも大切かもしれません。
               
               
                坂本  誠

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