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2011年7月 6日 (水)

千百二十二: 結婚について

おはようございます。

結婚について考える機会がありました。
と、言っても、私の結婚のことではなく、世間一般の結婚についての見方を持つ機会があったわけです。
先日、海外の有名な人が結婚をする様子も見ましたので。

「結婚に至るまでの男女の道のりは、長いものだなあ」と思いました。
男も女も最初は幼児として生まれて、学校生活を経て、多少、社会人の生活をして、結婚に至るわけです。普通の人は。
大体、20数年かかっているでしょうか、普通の人は。
その20数年という時間を当の本人達が振り返ってみたり、また、周囲の人が見ると、「長い年月であった」と喜びの思いと、どこか一抹の悲しみの思いが交錯しているかもしれません。
「どうして、こんなに私達は長いこと、別れて離して暮らしていたのか」という悲しみの感じで。

それにしても、結婚は、人生の上での一つの重要な通過点と言えるでしょう。
昔から、「冠婚葬祭」と言われていますからね。
また、人生の上での最大の喜びのクライマックスなのかもしれません。
周囲の人々からもたくさん祝福されます。
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しかし、ここからは、ちょっと冷静な感じで結婚を見てみましょう。

最近は、結婚に至る前も、男女の交際が行われています。
それも、小さい形での結婚と言えるでしょう。
「結婚式」と呼ばれないまでも、男女に幸福が訪れます。
そして、ある程度、時間が経つと、普通は、幾つか、愛で結ばれている男女は別れます。
色々な理由は書きませんが、男女の愛が薄れる時が訪れて、その愛し合っている男女は別れます。
そして、何人かの恋人に出会って、どうしても、別れが訪れない場合に結婚式を挙げるわけです。
以前に巡り合せた何人かの恋人の面影を思い浮かべる悲しいような、嬉しいような一瞬でしょう。

しかし、結婚を生活を挙げた後でも、離婚が行われていることに、私達は気付きます。
まあ、離婚は、ちょっと悲しいものですが、お互いがそれに了承したのだから、仕方無いかと思います。

このように冷静な感じで結婚を見てみると、やはり、「結婚式」というセレモニーは行われているものの、結婚生活は、これも一つの恋愛の形だと、私は思います。

ですから、私が思いますに、結婚式というセレモニーが行われないまでも、心の中で深く愛し合っている男女こそが、本当の配偶者と言えるかもしれません。
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最近、本屋に行ったら、「ソウル・メイト」という言葉が並んでいるのに気が付きます。
ちょっと調べてみたら、「魂の片割れ」、つまり、「本当の意味で、一つの魂から生まれた男女」という意味だそうです。
つまり、精神や心が本当に結ばれているカップルという意味だそうです。
この「ソウル・メイト」に出会ったら、人は最上の結婚生活を送れるかもしれません。
それでも、結婚生活には何らかの苦しみはあるでしょう。
人は結婚生活だけでなく、職業上での生活や、あるいは主婦業の生活という点もあるから、その結婚生活を支えるだけのちからが無いと、その最上と思えた筈の結婚生活にも暗雲が差してくるかもしれないからです。

ですから、その「ソウル・メイト」と呼ばれる自分の魂の片割れと出会っても、「周囲の生活が整わなかった」ということで、その「ソウル・メイト」と別れてしまうことにもなるかもしれません。
また、恋愛経験の多い人でも、「私はソウル・メイトに出会っていないようなので、苦しい。私のソウル・メイトはどこにいるのだろうか?」と悩まれている人もいるかもしれません。

しかし、そのソウル・メイトの理屈上から言ったら、必ず、どこかに自分のソウル・メイトはいる筈なので、焦って、苦しむ必要も無いかもしれません。
また、上に書いたように、そのソウル・メイトに出会って、生活をしていても、「人の旅に終わりは無い」と言われているように、その一つのカップルにも、何らかの苦しみや悲しみは訪れるでしょう。
普通の生活と同じように。
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しかし、ソウル・メイトというのは、自分の最大の理解者と言えるでしょうから、自分の最大の助力者とも言えるでしょう。
ちょうど、一艘の帆船に似ているでしょうか。
船の水に接している本体部分を男性としましょう。
そして、船の風を受けるマストの部分を女性としましょう。
どちらも、互いの協力があって、荒波を乗り越えていくわけです。
船の本体部分もマストのことを知り尽くしているし、マストの部分も、常に船の本体部分を知り尽くしている。
帆船としては、お互いが欠ければ、海の荒波を乗り越えていくのは難しいでしょう。

そして、長い間、お互いに一艘の帆船として、海の荒波を乗り越えていこうと、知恵と努力を絞って、航海し続けていくでしょう。

航海はどこまでも続く。

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                航海

  夕陽が大空と大海をあかね色に染めあげてゆく。
  真っ白な帆船が海に沈んでゆく太陽を目指し追いかけてゆく。

  この船に宿る女神がマストの頂きに立ち、太陽を見つめている。
  強い風が
  彼女の赤いドレスをなびかせ、
  彼女の漆黒の髪を波打たせ、
  彼女の顔にほほえみを与える。

  赤いドレスからは透いたバラが打ち出で、
  漆黒の髪からはオーラが流れ、
  ほほえみからは水夫たちにふりまく勇気が生まれる。

  やがて彼女はマストの上に浮かび、
  夕陽に向かって歌を歌う。
 『太陽よ、我等を導け。いざなえ。
  新しい未知の世界へ。
  荒れ狂う波風が湧き立とうと
  我にこの船を守らせたまえ。
  恐れを知らぬこの船の船乗りたちに
  我はさらに情熱を与えたもう。
  風よ、我等の船を海の上に走らせよ。
  海よ、我等の前に水の道を造れ。
  我等は水平線を破って、そのさらに奥の世界に
  突き進まん』

 

 

 

                    詩集『光と闇の唄』より20100817140617_2

                坂本  誠

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