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2011年3月22日 (火)

八百七十二: 愛と欠点について

こんにちわ。

私はしばしば性格の良い点と悪い点について書いていて、「本当は悪い性格は無い」と書いています。

ふとしたことから、人の持つ情操について考える機会がありました。
人は誰しも愛情を持っています。
これの無い人はいないわけです。
どんな人でも、異性を好きになるわけです。
身体が二次性徴を迎える前でも、人は異性を好きになります。
そして、身体が老齢気を迎えても、人は異性を好きになります。
つまり肉体の欲求によって男女の愛情が支配されていないのに気付きます。

つまり、どんな人もこの愛情という感情を持っています。
「この愛情という感情に欠点はあるだろうか?」と考える機会がありました。
愛情にしても、男女の愛や兄弟愛や人類愛があるでしょう。
師弟愛もあるでしょう。

ある学校の先生が生徒に何でもかんでも教えることは、これは間違っているでしょう。
何でもかんでも、解答まで教えていたら、やがて、その生徒自身の考える能力が失われるからです。
だから、先生にしてみたら、「何でもかんでも教えず、ある程度のみを教える」という、冷たいこともするわけですが、それも別の点から見たら、正しい愛情と言えるでしょう。
このように考えてみると、普通の愛という情操には欠点が無いのに気付きます。
最初から、人間の持っている愛情には欠点がありません。
愛情とは「相手を豊かにしてあげよう」という働きがあるのに気付きます。

しかし、この世には悪があるのにも気付きます。
これも、誰もが認めるところでしょう。
この悪の状態を見ていると、「これは、ある人が他人から、その他人の愛情を奪っている姿だ」と気付きます。
つまり、その人は心の中で「愛情不足」を感じていて、そして、その「愛情不足」の思いが、やがて悪と呼ばれる行為になっているのに気付きます。

ですから、体温計のようなものがあるとして、それで、人の愛情の度数を計ることが出来ると仮定したら、36度や20度や100度の人もいるかもしれませんし、もしくは、0度の人や、ひょっとしたら、-36度の人もいるかもしれません。

            坂本  誠

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