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2010年11月

2010年11月29日 (月)

六百六十三: 降臨

こんばんわ。

私、何を語ろうかと思ったのですが、、、
昨今、世界情勢も暗いので、少しでも、読者の方の心に明かりが灯ることを祈り、以前に出した詩『降臨』を再び、このブログに架けます。
あと、以前に描いた絵で、これはまだ出していなかったのですが、絵『降臨』をここに架けようかと思います。
この絵『降臨』の女性は天照大御神(あまてらすおおみかみ)様をイメージして、2009年12月21日に描きました。

もちろん、詩の『降臨』と絵の『降臨』はセットになっています。
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                    降臨

アマテラスの降り立つ
緑の山の峰が、
大気を押し上げる時の
鳥の翼のよう。

下り来る  アマテラスの衣が
大気を押し下げる時の
翼のよう。

山の頂で  四つの斜線が  放たれる。
その中心で  彼女が微笑む。
微笑みが虹のように感じる。

静かな朝の中で。

鳥は飛び続けている。

          Photo

         坂本 誠

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2010年11月27日 (土)

六百六十一: 冬のホットミルク

こんばんわ。

もうすぐ、12月ですね。
昔は、12月に入ったら、すぐに雪が降っていたのを思い出します。
私は12月1日に大雪が降ったことも記憶しています。

私は昔、夜に雪が降るのを見ながら、ホットミルクを飲みたいと願っていました。
今でも、その願いは変わっていません。
なんとなく、その光景を想像すると、穏やかなものを感じます。

冬の好きな人と夏の好きな人がいますが、幼少の頃に楽しい思い出を持っている経験が、そのまま夏や冬の好きな傾向となっているようです。
夏でしたら、長い夏休みがあります。
その夏休みに、セミ取りをしたり、海や山に行ったり、プールで遊んだことがあるから、そのまま大人になっても夏が好きだったりします。
冬でしたら、クリスマスやお正月があります。
クリスマス・プレゼントやお年玉をもらったとか、親戚の家に帰省して、普段は会えない親戚達とゲームで遊ぶとか。
そんな何でもない思いがそのまま、夏が好きか、冬が好きかの違いになっていくようです。Img7da80c73de3

         坂本 誠

六百六十: 他山の石

タイトル名の『他山の石(たざんのいし)』ですけど、これは中国の故事成語です。
中国は歴史の古い国ですから、故事成語や諺が多いのですね。

この『他山の石』とは約2000年以上前の中国の戦国時代に作られた故事成語だそうです。
『詩経(しきょう)』という詩集の「鶴鳴(かくめい)」という詩の中にもあります。

この『他山の石』とは他国の山から出る粗悪な石でも、それを砥石として自分の宝として使うことが出来る、という意味だそうです。
転じて、よそのもので、それが悪いものでも、それを自分のものにしてしまえば、自分にとって良いように活用できる、という意味でもあります。

                                他山之石、可以攻玉。(小雅・鶴鳴)

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また、紀元前221年、秦の始皇帝が中国本土を統一しました。
その時の大臣で李斯(りし)という人が、

    「中国は統一されたので、秦の政治にとって不要な書物は有害だから、焼いてしまいましょう」
   
と、大体、上のようなことを言って、始皇帝は中国全土の多くの書物を焼いたそうです。
これは、『焚書(ふんしょ)』と呼ばれています。

また、同じような理由で、始皇帝は当時の460人ぐらいの学者を生き埋めにして殺してしまいました。
その学者には孔子の教えを継いだ儒者(じゅしゃ)と呼ばれる人が多かったので、これを『坑儒(こうじゅ)』と呼ばれています。

ですから、まとめて、焚書坑儒とも呼ばれています。
この焚書坑儒という故事成語は思想・言論の弾圧の比喩として使用されたりします。

                                焚書坑儒。(『史記』)

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また、『殷鑒遠からず(いんかんとおからず)』という故事成語もあります。

さらに昔の世界に「殷(いん)という国が中国にありました。
その最後の王様に紂(ちゅう)という名の王様がいました。
紂王は淫楽に耽って、また、国民に重税を課しました。
当然、多くの人々が批判の声を上げます。
しかし、紂王は徹底した弾圧を行いました。
だから、やがて、革命が起こり、紂王は殺されてしまいました。

しかし、その殷王朝の前に夏(か)という国が中国にありました。
この夏王朝の最後の王様は桀(けつ)という人です。
この桀王も殷王朝の紂王と同じような淫楽を耽って、殷王朝の最初の王様となる人に滅ぼされたのですね。

西伯昌(せいはくしょう)という人は、殷王朝の紂王に、

    「私達の国、殷が鑒(かがみ)[●注]とすべき先例は、遠い過去に探さなくても、前の国家の夏の最後にあるではないですか」
   

と言ったのですね。

ですから、ここから、『殷鑒遠からず』という故事成語が出来たそうです。
[●注:つまり、鑒は鏡の意味で、つまり手本です。]

                                殷鑒不遠。(『詩経』大雅・蕩)

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他にも中国の故事成語はたくさんあります。

これらの故事成語が近隣諸国に伝わっていますので、私達、世界の人々はこれらを『他山の石』として、諺のように使うことが出来るでしょう。
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また、以降は蛇足(だそく)なのですが、中国では、王様が悪い政治を行うと、天が天災として彼に警告を与える、と言う考えがあるそうです。
まあ、これは、日本にもありますよね。

                                蛇固無足。(『史記』楚世家)

では。

                        (参考文献:「人物  中国の歴史 全10巻」 常石  茂   他  編集    集英社)

         坂本 誠

六百五十九: 人の欲望について

現代社会批判の文章になってしまうのですが、人間の欲望とはキリが無いようです。
現代社会で欲望の象徴になっているのは、おカネでしょう。
しかし、私が『六百四十八:税について_No.2』に書いたように、平安時代やそれ以前の世界では、米をたくさん所有していたり、土地をたくさん所有していたりすることが、栄耀栄華の象徴だったのでしょう。
つまり、現代のおカネと一緒です。
つまり、おカネが無くなるだけではまだダメで、人間の物資に対する欲望を消さないと、世界の混乱は治まらないでしょう。
もし、500年後の世界におカネがこの世から消えても、その世界では、平安時代のように、お米をたくさん所有している人間が威張れる世界が生まれている可能性もあるからです。

つまり、おカネの数値と言うよりも、何かの物資で計られる貧富の差そのものを無くさないといけないでしょう。
人の欲望が問題なわけです。
では、「なぜ、そんなに人の欲望は深いのか?」と考えると、私の思いつく重要な事もありますが、それは他の書籍に譲ることにします。

私達も貧しい人を見かけたりします。
そして、私達はそのような光景を見ることによって、「そのような貧しい人になってはいけないから、おカネや物資をたくさん持っていないといけない」とさらに欲望が深まるわけです。
また、その貧しい人も貧しい人で、富んでいる人を、どこかしら妬んでいたりするものです。
ですから、その貧しい人が努力なり、何なりをして、富んだ人になったら、以前の富んでいる人に何らかの復讐を行ったりする場面をメディアなどで見かけたりすることがあります。

これは、人単位ではなく、国家単位になっても、充分、話が通じるようです。

貧富の差も無くし、欲望の心も消さないと、どうやら、戦いも起きたりするようです。
欲望と自分自身の向上心は違います。
また向上心の他に切磋琢磨とか自己研鑽という言葉もあるでしょう。
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欲求と欲望は似ているようで、全然、違っていることに気付きます。
欲求というのは、食べたり、寝たり、トイレをしたり、あるいは子供を作ったりすることです。

だけど、例えば、この「食べる」という欲求が少しずつエスカレートして、つまり、ごちそうを何日も何日も食べたりするようになると、これは、もう欲望と言えるレベルでしょう。

だから、欲求と欲望のラインが多くの人にとって、とてもわかりづらいでしょう。
この辺を見分けるのは、誰にとっても大分苦しいことですね。Img11111_1
                               
         坂本 誠

2010年11月23日 (火)

六百五十八: 『ヨハネの黙示録』について

こんばんわ。

今日は新約聖書の最後にある『ヨハネの黙示録』について、書こうかと思います。
でも、これを書いたヨハネさんは、自分の書いた『ヨハネの黙示録』について、「書き加えてはいけない」また「削除してもいけない」と終わりの方で書いてありますから、引用だけですね。
私はある部分の引用だけをします。
それを、どう思うかは読者の方の自由です。
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以下、引用の1です。

『第12章

3. また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。
4. その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地になげ落とした。龍は子を産もうとしている女の前にたち、生まれたなら、その子を食い尽くそうとかまえていた。
5. 女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。この子は、神のみもとに、その御座のところに、引き上げられた。
6. 女は荒野へ逃げて行った。そこには、彼女が千二百六十日のあいだ養われるように、神の用意された場所があった。
7. さて、天では戦いが起こった。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使いたちも応戦したが、
8. 勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおる所がなくなった。
9. この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落とされ、その使いたちも、もろともに投げ落とされた。

以下、引用の2です。

『第13章

1. わたしはまた、一匹の獣が海から上って来るのを見た。それには角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名がついていた。
2. わたしの見たこの獣はひょうに似ており、その足はくまの足のようで、その口はししの口のようであった。龍は自分の力と位と大いなる権威とを、この獣に与えた。

4. また、龍がその権威を獣に与えたので、人々は龍を拝み、さらに、その獣を拝んで言った、「だれが、この獣に匹敵し得ようか。だれが、これと戦うことができようか」。

18. ここに、知恵が必要である。思慮ある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である。

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引用を終わりました。
『ヨハネの黙示録』を読んだ人が、どう思い、何を感じるかは、その人の自由です。
ヨハネさんはいつ、それが起きるとも書いてないし、また、具体的な固有名詞も、ほとんどありません。
また、『黙示録』というのは、つまり予言なのであって、それが当たるかどうかは私も知らないところです。

ただ、もし当たるとしても、かなり怖い内容をヨハネさんは書いています。
私が思うに、この黙示録の中で、ヨハネさん自体がよく泣いているので、やはり、悲しみながら、この黙示録を書いていったのでしょう。

どうか、多くの人々の心に多くの光が満ちますように。

         坂本 誠

2010年11月20日 (土)

六百五十七: 美術館での瞑想

今、美術館の中です。
私がよく訪れる美術館には一風、変わった空間があります。
以前にも似たような記事を『悲喜憐偉』の中で書いていますが、そのバージョンアップですね。
ブログというものは、日記を書いても良いし、エッセイを書いても良いし、詩を書いても良いし、絵を載せても良いし、ツイットしてもいいし、小説を書いても良いし、何かを論じてもいいわけです。

話が横に反れました。
私の今いる空間はまるで、ギリシャのパルテノン神殿のようです。
なめらかな円柱が幾つも立っています。
そして、パルテノン神殿では、講堂と呼ばれる広場が神殿の内部にありますが、ここでは、なぜか浅いプールがあります。
その理由はわかりません。
その理由を知るためには製作者に尋ねる以外に手が無いでしょう。
そして、その部屋には展示物が一つもありません。
ただ、幾つかのイスが置かれているだけです。
私はそのイスに座り、天窓からこぼれる陽射しを受けながら、今、これを書いているわけです。
というよりも、なんとなくイスに腰掛けて、ぼんやりしていたら、それが瞑想そのものだった、と言えるでしょう。
だから、このパルテノン神殿のような部屋は製作者がその瞑想のために作ったのかもしれません。

しかし、よく「瞑想をしよう」とは聞きますが、その瞑想の時間に人は何を考えるべきでしょう?
「瞑想」とは「何かを考える」ことには違いないのですが、人によって考える内容は様々ですから、「瞑想」という意味も、あまり、ハッキリとしないものです。
ひょっとしたら、今まで、ここまで書いていた文章そのものが瞑想のための内容だったのかもしれません。

ただ、「瞑想」とは「考える」ことの一種ですが、テストの問題のように額から脂汗を流すほど、頭を酷使するものではないですね。
自然に頭から穏やかな波長が出ている時の考えだ、と言えるでしょうか。
静かな音楽を聞いている感じ。
人がすごくリラックスしている時は、脳からα(アルファ)波という波長が出ているそうです。
そして、もっとリラックスするとθ(シータ)波という波長が出ているそうです。
これは睡眠中に出ている波長だそうです。
まあ、癒しですね。
このような瞑想によって、自分を癒すことが出来ます。

瞑想とは自分自身を癒すための考えだと言えるでしょう。

(館内は撮影禁止なので、私は写真を撮れませんが、いつの日か機会がありましたら、許可でも頂いて写真を撮ろうかと思います。)

         坂本 誠

六百五十六: 日本語の美しさについて

私のブログ『悲喜憐偉』も記事がだいぶ、多くなったので、以前のどこかに書いているかもしれませんが、くり返しになるかもしれないので、もしそうだったら、すいません。
日本語の美しさについて書きます。

私は日本語は美しいと思います。
私が思うに、一語の持つ美しさをたくみに利用して、単語自体に意味や雰囲気を与えていると思います。

例えば、私は「さ」行の音が好きです。
水が「さらさら」と流れる音があるでしょう。
この「さらさら」という単語自体にすみやかさを持っているかと思います。
「さ」の持つ美しさでしょうか。
また、「か」行の音があるでしょう。
「からからと笑う」という文章を考えると甲高い音で元気良く笑い、その笑い声が遠くまで響くような雰囲気を持っていると思います。

このような感じで日本語の50音の全ての雰囲気を一つ一つの単語が、全て組み合わされて、それを持っていると私は思います。
また「ま」行の中の「も」について考えてみましょう。
私達が「も」という音を聞いて連想するのは「森」を連想したりするでしょう。
また「元」を連想したりするでしょう。
「元」には大地のような感じがしますね。
森や大地には私達は安定感を感じますよね。
「た」行の中の「と」について考えてみましょう。
「と」という音を聞いて連想するのは「止まる」でしょうか。
そこで、何かが止まるようなイメージがします。

「さ」の音の持つみずみずしい美しさ。
「か」の音の持つ「からから」とした元気の良さ。
「も」の音の持つ森のようなぬくもり。
そして、「と」の音の持つ「そこでSTOPする雰囲気がある」ということで、私が自分のペンネームを考えた時に、名字に当たる部分を「坂本」にしたわけです。

そして、その下の名前に「誠(まこと)」があります。
「さかもと」の語の中に「かもと」という部分があるでしょう。
それが、名前の「まこと」と韻を踏んでいるでしょう。
ですから、私のペンネームを「坂本  誠」に決めたのです。
あと、もう幾つか理由がありますけど、それは言いたくないので、ここには書きません。

このように日本語は一音、一音に既に意味を持っているように私には感じられるのです。
私が思うに濁音を使って、暗い単語が作られているように思います。
例えば、「犯罪」とか「泥酔」ですね。
すでにちょっと良くない雰囲気の語に濁音を含んでいます。

ですから、私が思うに、日本人はなるべく濁音を含まない単語を使って喋ると、心が清まり、周囲も清まるのではないかと考えます。
もっとも、完全に濁音を使わなかったら、全く日本語が喋れなくなりますから、出来るだけ意識的に濁音を使わない方が良いかと私は考えます。

これが日本の古来から伝えられている「言霊(ことだま)」と呼ばれているものなのかもしれません。

         坂本 誠

六百五十五: 読書感想文

本屋に行くと、中丸薫さんの本で『霊地巡礼』という本が置いてあります。
私はその本をパラパラとめくって、中身を読みました。

ある方(かた)が中丸薫さんとお会いして、中丸さんがその方の頭に手を置くと、何かのエネルギーが注入されて、その人はしばらくの間、頭がフラフラとなったそうです。
ビックリしますね。
ですので、私も「そのようなことがあるかもしれない」と思い、その本を手にして、中身を少し読みました。
残念ながら、本を読んだだけでは頭がフラフラとしなかったので、実際にお会いして、中丸さんに頭を触ってもらわないと、頭にエネルギーが注入されないのかもしれません。

ところで、『霊地巡礼』というのは「パワースポットめぐり」のことですね。
本の中でも、色々とパワースポットが紹介されてありましたが、まだまだ、多くのパワースポットが色々な方の身近に潜んでいるかもしれません。
私は中丸薫さんの『霊地巡礼』ではなく、どうしても他の本を買わないといけなかったので、その他の本を買ってしまいました。
中丸薫さん、ごめんなさい。
余裕のある時に『霊地巡礼』を手に入れて、熟読したいと思います。

         坂本 誠

六百五十二: 秋の朝

おはようございます。

これを書いている今は、秋の朝です。
先日までは、晴れていても秋の季節に黄砂がやって来て、ずいぶんと煙たい感じがしましたが、今日は澄み切った青空です。
太陽の陽射しをありがたく感じます。
太陽が限りなくエネルギーを放出してくれますから、私達は健やかな生活を営めますよね。
太陽の陽射しに、温かくて、やわらかな愛を感じるのは私一人だけでしょうか。
太陽の陽射しは、限りの無い愛のようですね。

仏教の世界には「ミロク菩薩」という方がおられるようですが、この太陽のように明るい方かもしれませんね。

どこまでも澄み渡る青空の中に、太陽が輝いている。
陽射しが、私達の心の中まで差し込んでくるかのようです。20101103122631
                              
         坂本 誠

六百四十八: 税について_No.2

こんにちわ。

『五百八:税について』でも、書いたのですが、税について、再び考える機会があったので、書いてみました。
地球の上の色々な国がありますが、私の住んでいる日本についての昔の状況は、学校で習っているので、比較的に知識が多いです。

弥生時代よりも以前の日本の世界は村が主体の世界でした。
弥生時代に邪馬台国が出来たそうです。

政治と呼ばれるものが誕生したでしょう。
それまでは政治家というものはいなかったでしょうが、多分、これ以降に政治家と呼ばれる人が生まれたでしょう。
そして、その段階で、税というものが出来たかと思います。
その税とは、政治家は普段、忙しくて、米や小麦を生産することが出来ません。
外交やら、公共工事の監督とかの仕事があったでしょう。
しかし何よりも、政治家は多くの人々を正しく幸福な生活を導くのが仕事でしょう。
だから、その時代の政治家は、人々に

    「申し訳ないのですが、私は外交やら、公共工事の監督の仕事がありまして、自分で米を生産したり、小麦を作る時間がありません。しかし、私は多くの人々の暮らしの改善と多くの人々の生活の幸福を作ります。ですので、代わりに、お米や麦をいただけないでしょうか?」

と、なったのが税の始まりだったかと思うのです。
多分、外国もそうでしょう。

奈良時代や平安時代の税は、おカネではなく、米や麦やアワやヒエでした。
これらを日本の僻地(へきち)から、都(みやこ)に向けて、多くの人に徒歩で運ばせたりしたのです。
その間、強盗に遭ったり、重い荷物を背負っているので、病気になって死んだ人も多いようです。
その都に運ばれた米や小麦の総量は私はしりません。
また、どれほど、どのように消費されたかもしりません。

ただ、その税の取立ては厳しかったそうです。
そして、近代になっても事情は似たような状況が続いたそうです。
都にまでは運ばなくて良いようでしたが。

私が思うに、多くの人々を幸せな道に導く筈の当時の政治家が、それとは逆の道を歩んでいたような気がするのです。
多くの人々を幸せにし、多くの人々を善導しなければならない筈の政治家が、重い税の取立てで、逆に多くの人々を苦しめている、、、。
私には理解できません。

ただ、その時代の政治家は政治家となるべくして、ほとんど生まれているようです。
当時は家柄の問題が大きかったですから。
政治家の家に生まれたら、ほとんど、政治家の道を歩まないといけなかったでしょう。
仮に太郎さんという名前の人の政治家が生まれた環境で、自分の周囲の政治家が、ほぼ全員、そのような似たような税の取り方をしていたら、太郎さんとて、非常に厳しい失敗を経験したかと思うのです。
どんな人も、あの時代に政治家として生まれて、どうしても、政治家にならないといけない状況だったら、そのような非常に苦い失敗を経験したかもしれません。

しかし、同じような視点で、現代の地球の上を見回してみると、同じような構図がどこかに隠れているかもしれません。
私は政治家という仕事は、多くの人々を幸福にするために存在していると思います。

現代、色々と激動の時代なので、税の本質というものも、もう一回、考慮した方が良いかもしれません。

         坂本 誠

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