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2010年8月22日 (日)

五百五十九: 自問自答(独白)

人にとって、何が一番幸せなのだろう。20100822154449
明日の命だろうか。
それとも何十年か後に自分の生命が存続していることだろうか。
何十年か後の生活の安泰のことばかりを気にしていたら、今現在が不安になってしまう。
今現在の自分が幸せな状態であっても、何十年か後の自分の不幸の姿を想定すれば、その仮想が今の自分を不幸にしてしまう。

だからと言って、未来の自分の設計を怠ることは出来ないだろう。
目標が無ければ、船は大洋の中でさ迷うのと同じだ。

地上で生きている間の目標は誰でも持つべきだろうが、どんな人も200歳まで生きることは出来ないだろう。
地上での栄耀栄華を求めれば、生の対極にある死が、その栄耀栄華を掴んでいる自分自身を苦しめるだろう。

古代のある栄耀栄華を極めた人が生きているうちに、自分のための巨大な墓を作っていたそうだ。
生きているうちに、掴んでいる自分の栄華と自分の死の象徴である巨大な墓が建造されている光景を目の当たりにして、大きな矛盾を心の中に抱きはしなかっただろうか。
この世の栄耀栄華を極めれば極めるほど、その栄華をさらに欲しいことになるから、この世の栄耀栄華とは永遠に掴むことは出来ない。
かえって、苦しみを感じるようだ。

人は一つの目的を掴んだ後、幸せになる。
そして、幸せになった直後、さらに大きな目的を設定する。
だからこそ、人は永遠に不幸な状態を背負っているのではないだろうか。
青い鳥は永遠に逃げ続けるのだ。

しかし、青い鳥を永遠に追い続けるからこそ、人は永遠の努力をする存在だと言える。

遠い星に異星人と呼ばれる存在がいてもいいだろうし、また、それ自体は悪いことではないだろう。
しかし、もし、いたと仮定しても、その異星人の姿かたちが違っていたり、生活様式は大幅に違っているだろうけど、私達と似たように、何かの問題と闘っているだろう。
それは私達と同じだ。
日々の生活苦を全て、片付けてしまえば、今度は退屈の苦しみが訪れる。

私達が死んだ後に死後の世界というものがあるかもしれない。
しかし、今度は捕食の苦しみが無いだろうから、退屈の苦しみが訪れるかもしれない。

私はよくショーペンハウアーという人の文章を引いたりするけれど、その人も同じことを言っている。
人は生活苦と退屈苦の間を振り子時計の振り子のように行ったり来たりしている。
だから、もし私達が遠い未来に遠い星に行って、そこにいる人々と一緒に生活をしても、この点だけは逃れることが出来ないだろう。

結局、私達がどこに行っても、明日のことを考え、また、10年後ぐらいの未来の生活に対する目標を持ち、生活をするだけだろう。
遠い星でなければ地球上の外国に行って生活をするのと同じだ。
今現在でも多くの人がいて、多くの幸せを感じている国もある。
しかし、その反対の国もある。
多くの人々が幸せを多く感じている国こそが一番幸せな国だ。
多くの国には違った価値があるから、その価値観に従って生活するのと同じように、遠い星の上で生活すれば良いだけだ。

遠い星に行けたとしても、同じような問題に悩まされるかもしれない。
今さっき、カレーパンを食べたのだけど、それと同じように目の前にある問題ばかりを考えずに何気ないカレーパンの美味しさを感じることの出来る、そのこと自体に感謝しないといけないだろう。
それとか普段、何気なく、目にしている植物の緑の美しさに感謝するとか。
ないしは、日光のありがたさとか酸素のありがたさとかを常日頃、思い出してみるとか。

もし、私が異星に行くことがあっても、同じような日々の精神生活を持って、その星の課題に取り組まないといけないだろう。

この前、映画『銀河鉄道999』のことを書いたけど、この映画のラスト近辺で、以下のセリフが交わされている。

メーテルの母はメーテルに言うのだ。
   
    「おまえに永遠の命と永遠の若さを与えてあげたのに」
   
そして、メーテルは母に言うのだ。

    「そして、永遠の苦しみも下さった」
   
と。

もし、仮に人間が永遠の存在だとすると、同時に永遠の苦しみを持つわけだ。
しかし、永遠の存在だからこそ、永遠の希望も抱けることになる。

結局、あまり大したことを考えずとも、今生きている私達が自分の運命と戦っているのと同様に、私達が遠くどこに行っても、また、時間を違えても、自分に与えられた宿命と闘い続けるだけだろう。
それが仮に異星に行っても、ないしは不死の世界に訪れても、変わりがないことを意味している。

上に挙げたショーペンハウアーもその著、『幸福について(新潮文庫 橋本 文夫 訳)』の中にアリストテレスの述べた言葉を引用しているけれど、ここに書くと、

    「幸福はみずから足れりとする人のものである」    アリストテレス
   
とあるが、これは本当にそうだと思う。

自問自答を続けた。

         坂本 誠

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