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2009年10月

2009年10月31日 (土)

二百五十五: 遅寝

久しぶりに遅く起床した。Img7d94078567c2
いつもは目覚まし時計が私を起こしてくれる。

朝、布団の中で、うつらうつらしながらも天井を見上げたりしていた。
それは、かすれゆく母胎の中の記憶にも似ていた。

ゆるやかで怠惰な一時。
時という、砂の流れが部屋中に水脈のように流れているかのように感じる。
また、それは、たゆたう芳醇な香りの糸のよう。

壁掛け時計の秒針のかすかな音だけが部屋中に木霊している。
時が逆行してゆく。

こんな時間もたまには必要だ。

         坂本誠

2009年10月30日 (金)

二百五十二: 性的なこと

人は二次性徴を迎えると、子供を生める身体になる。Img7d9406586541
人間だけでなく、全ての生き物もそうだ。
同時にあの恥ずかしくて、ちょっとこっけいなスタイルを誰でも、とらされる。
だけど、恥ずかしいスタイルをとらされるからこそ、

    「人って偉そうなこと、誰も言えないな。逆にへりくだっていられる」

と開き直ることが出来るかもしれない。
また、

    「人間、皆、同じ」

という平等感を得られるかもしれない。

         坂本誠

2009年10月29日 (木)

二百五十: 人と会うことについて

何かの考え事をしたり、文章を書いたり、絵を描いたりする人は傍から見ると、「孤独な人だ」と思われることが多い。Img7d93feb7c2f2
と言うのも、テストの時、何かの問題を解くときと同じように、他人と喋っていると、自分の考えていることに集中できずに、深くものを考えることが出来なくなるからだろう。
多くの人と喋っていて、問題が解けるか、と言うと、多分、それは難しいだろう。
だから、彼等は一人になりがちだと思う。

しかし、あまりにも独りになると、逆に考えが偏ってしまい、良い方向に向かわなくなるだろう。
刺激が無くなってしまい、逆にインスピレーション、または何かの考えるきっかけを捉える事が出来なくなるだろう。

全く身体を動かさなければ、事故にも遭わずに済むし、健康でいられるかと言うとそうではないのと同じだ。
運動不足になり、体内の血管が詰まって、高血圧になったり、体内に糖分が溜まって、糖尿病になるだろう。

人は孤独にならないといけない時もあるし、また、人と触れ合わない時も必要だと思う。

         坂本誠

2009年10月28日 (水)

二百四十九: 幸福について

完全な幸福と言うものは、この世に無いだろう。Img7d9197d69848
もし、普通に私達がそれを考えられるとすれば、天国のことかもしれない。
食べる必要も無いから、働く苦しみも無いだろう。
働く苦しみも無いから、嫌な人と出会う苦しみも無いだろう。

その結果、今度は人々は退屈の苦しみを味わうだろう。
やはり完全な幸福は天国にも無いことになる。
退屈の苦しみから逃れるためには、私達が今、目にしている忙しさの世界が必要だろう。
忙しいこの世があってこそ、天国のありがたみがわかる訳だ。

だから、ひょっとしたら、天国の住人から見れば、この忙しい世界の方こそが天国に見えるかもしれない。

「腹は八分目に食べよ」という言葉があるけど、「幸福は八分目に味わう」ことが正しいのだろう。
(しかし、その八分目を測ることはかなり難しいだろう。)

いずれにしても、全ての世界を見ても完全に幸福な人間はただの一人もいないことがわかる。
また、同じ理由から、完全に悪の存在の人間もいないことがわかる。
それは人一人の人間が、今まで生きてきて、全く一つの悪も犯さなかった人がいないのと同じだろう。

         坂本誠

2009年10月26日 (月)

二百四十八: 反省について

反省って、難しい。Img7d93f5777ef4
いつもいつも日々に反省している人は、

    「自分はいつもいつも反省しているから、悪魔なんかになりっこない」

と、どこか傲慢な気持ちにおちいっていくと思う。
つまり、それ自体を反省しないといけない。

だから、時には

    「自分自身を悪魔だとみなして、反省すること」

が必要になってくると思う。

悪魔はたいがい、自分のことを悪魔だと思っていないからだ。
だから、どんな人でも、いつ自分が悪魔みたいな人間になっているかわからないから、時々、人間は上のレベルまで、自分の状態を捉え直して、反省してみるべきだろう。

もっとも、反省も反省し過ぎて、自分の存在を世界最小の蚤ていどに捉えてしまって、自分をイジメるのも良くないから、反省し過ぎも良くないだろう。
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自動車や電話も日々に進化していく。
それと同じように、人の何とかの思想や何とかの理論とかも、日々に発展してゆくけど、この「反省」という人間の行い自体も、日々に未来に向かって進化してゆくものだと、つくづく思う。

         坂本誠

2009年10月25日 (日)

二百十六: 北九州市の山です

                                 2009年01月15日

みなさん、こんばんわ。
m(_ _)m
気が付いてみたら、もう木曜日でした。
僕の見慣れている景色でも、色々な全国の方が見ると、珍しく思えるでしょうから、北九州市の紹介です。
北九州市のスナップショットの「山」編です。
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まず下の写真は「足立山(あだちやま)」と言います。
標高598mです。
Photo      

ひな祭りに出てくる蒲鉾だったか、お菓子だったか、そんな感じで両脇が膨れている感じの山です。
なぜ「足立山」かと言いますと、奈良時代にまで話がさかのぼります。
時の天皇の座を狙おうと、「道鏡」という僧が画策を朝廷で練っていました。
で、朝廷は「どうしようか?」ということで、あの有名な「和気清麻呂」を現在の大分県にある「宇佐神宮」に神託の声を聞かせに派遣しました。
その時に、この北九州に和気清麻呂が入ってきました。

そこで足を怪我したのですね。

で、この「足立山」から流れている「湯川」という当時は温泉だった川に足をつけて、この山のふもとで足を治したのです。

で、足が立ちましたので、
「足立山」
と名づけられたのです。
この「足立山」に桜の名所がありますが、そこに「和気清麻呂」の像も建っています。

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で、下の写真は「帆柱山(ほばしらやま)」と言います。
別名は「皿倉山(さらくらやま)」です。
標高622mです。
Photo_2
   
少し急な傾斜を持つ山です。

ケーブルカーが山頂まで伸びていますが、やはり、かなりの傾斜を登ることで有名です。

そして山頂には付近一帯にテレビやラジオのための電波を流す電波塔が幾つもあります。
ある程度観光地化されており、その電波塔の横に売店があったり、公園が設立されています。

パラグライダーで遊ぶ人もいます。
なぜ「帆柱山」かと言いますと、弥生時代ぐらいまでに話がさかのぼります。
時の皇后の「神宮皇后」が、新羅に攻めに行きました。

その時に船を作るのは当然です。

そこで、この山には杉が多いですから、ここから杉を伐採して、「帆柱」にしたそうです。

ですので、「帆柱山」と命名されたそうです。
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最後の写真は、「貫山(ぬきさん)」と言います。
標高は712mです。
Photo_3  

この山の稜線が美しく、北九州では、ちょっとした地元の富士山とか言われています。

この山は途中までは道は険しくないのですが、山頂付近が大変険しくあります。

この山の後ろにカルスト台地「平尾台」があります。
また、この山の横に「水晶山(すいしょうざん)」という、ちょっと、山の峰がハッキリしないのですが、昔はよく水晶の取れていた山があります。

小学校の遠足で登り、水晶を取った記憶があります。
この山のふもとに「貫(ぬき)」という地名があり、それから「貫山」になったようです。

では、なぜ、「貫」というかと言うと、地元の地名辞典
「おもしろ地名 北九州事典」  瀬川負太郎 編著  文理閣
を見ますと、
「ネキ」と言うのは、昔の言葉らしく、これは
「横、かたわら、そば」
という意味だそうです。
つまり、平尾台の横の山である、だから、「ネキの山」が時代が経つ内に、発音が変わってきて、「貫山(ぬきさん)」となっただろう、と書かれてあります。
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大体、北九州市は概ね、この3つの山に囲まれた土地です。

3つの山に囲まれた場所に平野があって、人々が暮らしているような感じです。
今日は北九州の山を書いてみました。
では。

2009年10月24日 (土)

百八十六: 上げ潮時

色々と多くの人が言っていることだが、人は上げ潮時には注意しないといけない。Img7d84bf7a923d
いきなり大金持ちになった人は、おカネの使い方がわからないから、散財してしまう。moneybag
いきなり、権力の絶頂に立った人もよく権力の乱用が見られる。

だから、上げ潮時の人には外部から意図的にその鼻っ柱を叩いてあげることが、かえって、それが周囲の人の優しさなのだろう。

いきなり大金持ちになった人の散財や、いきなり権力者になった人の権力の乱用も問題だろうが、もう一つ問題があると思う。
それは、人間にはおカネでも権力でも片付かない問題があるからだ。
例えば、死ぬことだ。
だから、上に書いた人達には、軽い失望を味わわせて、諦めと言うものを教えてあげた方が良いかと思う。
諦めと言うものも人間にとって重要な悟りだからだ。

         坂本誠

2009年10月21日 (水)

二百四: 西日本のある日:壇ノ浦

こんばんわ。
m(_ _)m

今、僕は地元の北九州市の最北にある壇ノ浦にいます。
Img7d9331da6428
平家は速い潮の流れに沿って、一気に源氏を滅ぼそうとしたそうです。
しかし、源氏の方が何とか持ちこたえて、潮の逆流に乗って、平家を滅ぼしました。

しかし、平家がここを最後の決戦の場と踏んだのは、戦略上の問題ではなく、
    「散り際に美しい場所を選びたかった」
のではないのか? という気がします。

現にこの関門海峡は美しい海で、川のように海が速く流れているかと思えば、浜に波が押し寄せている二つの光景が見ることが出来るからです。
現在では夜景も美しいです。

この関門海峡は昔から戦略上の拠点でした。
例えば、蒙古が大軍を率いて、畿内の都を攻めたい時とか、水軍をここに通そうとするのです。
ですから、海峡を封鎖しないといけません。Img7d9331da6457
また、薩摩の軍が本州に渡った時とかも、ここを通過しました。
また、奈良時代に藤原広嗣が北九州で反乱を起こした時は、逆に朝廷の軍がここを渡って九州に攻め込みました。
海軍にしろ、陸軍にしろ、ここはとても重要な交通の拠点ですので、昔から武士がこの海峡を守っていたのですね。
昔から、この近辺では、戦争が多いのです。
戦略上の拠点は、悲しいかな、同時に戦争が多いことを意味しています。

九州側と本州側の距離は、最短でたったの700メートルです。
その理由から、太平洋戦争まで、この関門海峡は写真撮影禁止でした。
また、水彩画や油絵は勿論のこと、鉛筆によるスケッチすら厳禁でした。

人はやはり、美しい場所で死に望みたいもの。
豪華絢爛を愛した平家にとって、この滅びの場所は運命が与えてくれた最後の贈り物だったのかも知れません。

         坂本誠

2009年10月19日 (月)

子守唄

こんばんわ。Img7d93f9c015aa

やはり、猫catを見ていると気持ちが癒されます。
最初は飼うのに反対だった私ですが、今では、それはすっかり、過去の記憶となりました。
ミリィの命が手の中で安らいでいたり、眠っていたりしたら、ミリィの心とつながるかのようです。
現実の炎を触る訳にはいきませんが、命の火を触ることは出来るのだ、とつくづく考えてしまいます。

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                    子守唄
                   
                   
我が家に新しく来た子猫に
子守唄を聞かせている。
子猫がうとうとし始めた。
そして  この僕も。
猫と僕のための子守唄。

隣の部屋から  流れてくる唄は
母のやわらかな手のまねきのよう。
干いたり  満ちたりする潮のように、
また、広がりながら  包みこむ  オーラのように、
その音の手が  子猫と僕を
あやしつつ、触り続ける。

                    坂本誠

2009年10月17日 (土)

二百四十六: 「ONの時代」を見て

2009年10月12日にNHKで「ONの時代」というテレビ番組が放映された。Img7d93f9c01491 tv
私はあまりテレビを見ないのだが、家族が留守にするので、まだ子猫である我が家の猫ミリィの世話をしないといけないため、テレビのある部屋に来て、ミリィを世話しながら、暇を潰すため、テレビのチャンネルを回した。
すると、番組「ONの時代」の冒頭がいきなり始まった。
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もしかすると、知らない人もいるかもしれないので、ここに書いておこう。
「ON」の「O」とは巨人軍の王貞治選手のことだ。
「N」は長嶋茂雄選手のことだ。
長嶋茂雄選手は天才打者と呼ばれ、王貞治選手はホームラン王だ。
そして、現役を退いた後で、二人とも監督になり、それぞれ苦しみながらも栄冠を勝ち取っていった。
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テレビ番組「ONの時代」はゴールデンアワーで行われているプロ野球の舞台裏を覗いたものである。
高校野球でもプロ野球でも、筋書きの無いドラマがくり広げられているが、舞台裏でも熱いドラマがそこにはあった。
普通、「野球」というスポーツは筋書きの無いドラマだ。
確かに、私達がテレビで見る野球には筋書きが無いかもしれない。
しかし、舞台裏は「如何にして勝つか」という完全な筋書きのあるドラマが書かれていたのである。
つまり、野球と言うのは表の世界では「筋書きの無いドラマ」ではあるが、裏の世界では「筋書きのあるドラマ」なのである。

試合の行われていない練習の段階で既に試合が行われている。
「練習」=(イコール)「試合」と言っても良いだろう。
両者とも限りなく練習している。

特に王貞治選手の方は真剣を使い、空中の紙を切ることで、一本足打方を生み出した。
なぜ真剣を使ったのかまでは語られなかった。
空中の紙を切るタイミングと紙を切る位置、紙の切り方がホームランを生み出す秘訣となったのだろう。
白球を遠方に飛ばすためのジャスト・ミーティングな状態を捕らえるために真剣と紙が使用されたのだろう。
しかし、それ以上に、つまり真剣や紙などの道具以上に感じられるのはその王選手の気迫である。

昔のサムライの果し合いでは、敵の刃と自分の刃が一瞬にすれ違うことで、敵の命が助かるか、自分の命が助かるかが決まっていた。
多分、王選手がボックスに立った時は、昔のサムライの心持だっただろう。
白球が敵であり、王選手のバットが刃だ。
ホームランが打てるかどうかは、やはり、これも一瞬で終わる。
ホームランが打てれば、王選手の命は助かるが空振りをすれば、王の命は亡くなる。
その差はやはりホンの一瞬だ。
後年、王はホームランが出ずに苦しみ始め、「様々な方法を試みた」、と番組で伝えていたが、もう一度、真剣を使った練習をしたかどうかまでは語られなかった。

両者が監督になっても、向かってくる白球が何万球あったかわからない。
ここで書いている「何万球」とは、勿論、困難さのことだ。
現役時代と変わらず、白球に向かい続けた訳だ。

今は両者とも監督を終え、老年時代を迎えているが両者とも病と闘い続けている。
つまり、野球で用いられる白球とは困難さを意味しているのだ。
白球とは困難そのものだ。
よく野球で、

    「白球を追う」
   
という言葉を耳にするが、この短い文章の中に、多量の文章と大量の精神が凝縮されているともわかる。

「ON」の両者とも、いまだに野球をしているように見えてならない。

テレビを見終えて私が感じたのは、
    「ON二人の野球に対する『執念』を見た」
というレベルではなかった。
「執念」よりも1ランク上の言葉をONの二人に感じる。

それは「念力」だ。
ONの二人の精神に強力な念力を見るように感じる。
ONの両者が現役時代から、彼等の心より白球に対して念力を放出し、白球を導き寄せ、よって、球を打っていたような気がする。
ON両者の生活に現れる困難さ(白球)を念力で曲げたり、3次元世界の物理法則を捻じ曲げてしまう程のサイキック・パワーを王選手と長嶋選手の心に感じる。

         坂本誠

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