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2009年9月

2009年9月30日 (水)

二百三十九: 西日本のある日:耶馬溪(やばけい)

みなさん、こんばんは。

m(_ _)m

何を書こうかと、考えていました。

で、色々、日本に住む方のことを考えて、僕の住んでいる西日本のことを書いて見ます。

普段、僕の見慣れて、全く珍しいと思わないものでも、他の地域の方は珍しく感じてくれるかもしれません。

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下の写真は、山国川(やまくにがわ)の反対側より見る耶馬溪です。

Img7d939bd67c0_2 

自宅より車で約1時間半です。rvcar

全体としては、もっと大きいですが、写真に入りきれないのですね。telephone

川の側面に大きな岸壁があるのです。

昔の人々は、この断崖絶壁の上を鎖をつたって通行していました。

ですので、断崖から落ちまして、人が死ぬようなことが多かったそうです。

「船を使い、川を渡って、対岸のゆるやかな土地を歩けば良いじゃないか」と誰でもが思いつくでしょうが、なぜ、それをしなかったのか、僕の調べる限りにはわかりません。

ですので、徳川幕府時代にここを訪れた江戸出身の禅海和尚(ぜんかいおしょう)という人が、この岩の断崖絶壁をくりぬいて、トンネルを掘ろうと決意しました。

「岩の断崖をくりぬいてトンネルを掘る」という作業を実に30年かけて、独りで掘ったトンネルが「青の洞門」です。

左下の写真が「青の洞門」です。

Img7d939bd66c6

現在では、下の写真のように拡張されており、車も通れます。

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下の写真がこの「青の洞門」を掘った禅海和尚です。

Img7d939bd66d6

トンネルが出来ましたので、人命が失われるようなことは無くなりました。そして、現在は観光地の一つとなっています。

近づいて、この断崖を見てみますと、下の写真のように、ほぼ垂直に崖が切り立っています。

Img7d939bd66a7

現在は護岸整備されており、鯉が放流されていてfish、家族連れが餌をやったりして、昔とはうって違いほのぼのとした雰囲気が味わえます。

Img7d939bd6714

ここに放流されている鯉は黒い身体をしているものが多いですね。

鯉のえさをアヒルも一緒に食べている光景も見られます。chick

また、耶馬溪は紅葉の美しさで有名な場所です。maple

僕が訪れたのは秋口なので、まだ紅葉はしていませんでした。

では。

         坂本誠

2009年9月29日 (火)

二百三十六: 自覚について

人は色々なものの存在や情報を「知る」というよりも「信じ込んでいる」だけに過ぎないのだろう。Img7d93a04f25f6
だから、1000年前の世界には、目に見えない電波や電流や磁力は存在しなかった。
現在も当然、目に見えていないものも、たくさんある筈だが、それらは科学技術という名の目で明らかにされていないだけなのだろう。

結局、人々は何かのものを信じ込んでいるだけに過ぎないのだろう。
結局、人一人の心が自覚するかどうかの問題だろう。
だが、その自覚とは何だろう?
例えば、誰でもが自覚できるものは自分の心の存在だ。
これが全てのものの起点だ。

岩波書店の『広辞苑』を紐解くと、
「自覚:①自分のありかたをわきまえること。自己自身の置かれている一定の状況を媒介として、そこにおける自己の位置・能力・価値・義務・使命などをわきまえること」
と書かれている。


きっと、上の「媒介」が問題だろう。
自分の周りの状態のことだけど、これが時と場所によって変わったり、ないしは自分の感知能力なども、この媒介に含まれるから、能力によっても、自覚したことや自覚できるものが変わってくることになる。

つまり、能力によっても、見えるものと見えないものが出てくることになる。
昔は科学技術が発展していなかったから、電波や磁力は存在しなかったのと同じだろう。
だから、科学技術が進めば、いまだ、僕達の目に見えていないものは多く見えてくることになるだろう。
宇宙の成り立ちについてもわかるだろう。
人それぞれの能力にも違いがあるから、感知できるものに差が出てきてしまう。
知るということだけでも、これだけ難しいものだと感じてしまう。

         坂本誠

二百三十八: 四季の雲

今は秋です。Img7d93a04f272f
ですから、澄み切った空には、よく、すじ雲が流れています。cloud
僕は秋が好きなせいか、このすじ雲が好きですね。

これと対称的なのは、夏の入道雲でしょう。
夏だから気温が高くて、上昇気流が発生して、高く高く雲が上がりますから、その姿はどことなく山ですね。

春はやわらかな雲でしょうか。
「たなびく雲」とか言われていますが、やはり個性の強くないやわらかな雲をイメージします。

冬はやはりぶ厚い雲を思い浮かべます。
曇天ですね。
何枚もの厚い雲が、雪を降らしますね。
ですから、雲にも四季に応じて違っていますから、面白いものです。

僕達は四季折々に陸の上を歩いていて、陸の上の四季を楽しめますが、空を見上げても、四季の美しさを味わえると言う訳です。
外国に住めば、きっとその地ならではの雲の形を楽しめるのでは? と思っています。

         坂本誠

2009年9月26日 (土)

笑顔

花の笑顔はImg7d938f889c7e
黙って  人の心を癒し続ける。

                    坂本誠

二百三十: 土地

見知らぬ風景の中を走り続けている。Img7d9392d02654
初めて見る景色。
地球の上にもこんな景色があったのだ。
なんでもない景色が新鮮に見える。

きっと、僕の住んでいる土地に、よその人が来ても、新しいものを感じるのだろう。

僕にとってはなんでもない景色でも。

         坂本誠

2009年9月24日 (木)

二百二十: デパート

休みの日にフラリとデパートにやって来ました。Photogood
休みの日は子供達も多いです。
物がたくさん置かれている場所には、人もたくさん集まります。

2階と1階の間をくりぬいている大きな吹き抜けの中に、上りと下りのエスカレーターが斜めに交差しています。upwardrightdownwardright
つまり、多くの人々が斜めに交錯しあいます。
すれ違った人はもう2度と自分の人生の中で出会わないかもしれません。

上りのエスカレーターと下りのエスカレーターが動き続けています。
その動きを見ていると、何がしかの永遠なものを感じてしまいます。
永遠に動き続けているものを見ると、まるで、永遠に静止しているかのようです。
僕の思いだけが、ベンチの上に留まり続けます。

何万年か前は、この大地は海の底でした。wave
今は陸の上にデパートがあります。
何万年か後には、この大地は海の底かもしれません。

あまりに巨大過ぎて、わからないけど、巨大な地球の上のさりげない一日の光景です。
今も地球は宇宙空間の中を回っています。

デパートの中で、とりとめのないことを考えていました。

         坂本誠

2009年9月23日 (水)

二百三十五: 猫と世の中

今朝、朝のランニングをしていたら、道端に猫の死体がありました。Img7d938f889c8e
血の跡もないし、外傷もありません。
だから、車に跳ねられたのかもしれませんが、何か別の理由で死んだのかもしれません。
よくわかりませんでした。
しかし、私が一瞬、走りをやめて、立ち止まったことだけは確かです。
ほとんどの人が、その光景を見て、憐れに思うでしょう。
私も我が家の猫ベルを失ったので、その思いはひとしおです。

野良猫と言う問題が一番でしょう。
「猫が悪い」のではなく、「人間の方が悪い」と明らかにわかるでしょう。
経済的な問題もあるでしょうが、その経済システムを司っている人間の方が悪いのだ、と気付くでしょう。
全ての人間が悪い訳ではないですが、欲望の強い人間が、それを動かしているのだから、人間の欲の深さこそが悪いのだ、と気付くでしょう。
(欲の深い人は「自分は『欲が深い』という事に気付きにくい」という事は恐ろしい話ですが。)

日本で新しい政治がスタートしましたが、世にある猫一匹にも深い愛を注げる政の心で世の中が動いてゆけば良いと思います。
人間だけを幸せにするのではなく、多くの動植物に思いやりを注げる政治であればいいな、と思います。

         坂本誠

2009年9月19日 (土)

二百三十四: 見慣れたもの

こんにちわ。
m(_ _)m
Img7d9392d02664

今日から、秋の大型連休ですね。
今、窓の外の空fujiは抜けるほど、青が広がっていますね。mist

大型連休とは言えども、人間、どこにまでも行けると言うものではないですね。
僕も「北海道とか外国に行ってみたいなあ」、とは思うものの、やはりなかなか事情が許しませんね。coldsweats01
旅行をしたら、とても気分が新鮮になりますからね。
詩を書いたり、絵を描いたりするのに、旅行がとても、良い影響を与えるでしょうけど、でも、自分が普段何気なく目にしているモノから、何かのArtを作るのも、面白いものです。
むしろ、そちらの方が難しいし、また、どちらかと言うと、そのような作品の方が点数が高いでしょう。

僕の友人に静岡県に住んでいる人がいます。
静岡県には、勿論、あの有名な富士山fujiがあります。
でも、その友人が言うには、見慣れるとただの山で、別段、美しさを感じないそうです。
だから、時々、静岡県に訪れた人が、富士山の美しさに打たれる訳です。

だから、ホントのことを言えば、芸術の源は、あらゆる所にあるのでしょう。
色んな人が、その足元にある美しさを逆に発見できない。
あまりにも見慣れているので。
だから、あまりにも遠距離に出かけて文章や絵の取材をするよりも、足元にある美しさを発見する方が難しいので、そちらの芸術作品の方が点数が高いと言えるかもしれません。

限られた範囲の中で芸術や文章を作る喜びconfidentと難しさ。

そのような作品は難しさを克服したとも言えるから、喜びもひとしおでしょう。

         坂本誠

2009年9月18日 (金)

作者不詳

                    作者不詳
                   

きつくて、苦しい仕事が終わって、
疲れきって、家に帰って、
くつろぎながら
巷の音楽を聴いていたら、
ある曲に胸を打たれた。

意気込んで
その歌の作り手の名前を調べてみたら、
作者不詳だった。

2009年9月17日 (木)

二百三十三: スタート

こんにちわ。Img7d9394c2976d
m(_ _)m

今日、2009年9月16日から、日本の新しい政治がスタートします。
何かの始まりと言うのは、すがすがしいものです。
元旦や早朝など私達が新たなものを迎える時に、フレッシュな感覚を味わうのに似ています。

近くに学校があるので、子供達が自転車で通学していますが、明るく甲高い声が公園に木霊しています。
又、ある人々はボランティアで公園の清掃をしています。

青い秋空は澄み切っています。
手を伸ばせば、どこまでも空高く手が伸びてゆきそうです。

しかし、明治維新の時でもそうでしたが、スタートは良くても、長い年月が経てば、その体制に歪みやほころびが出てきます。
つまり、その体制にとって、ゴミが出てきます。
私達がキャンプで海に遊びに行った後に、当然ですが、ゴミが出てきます。
それと同じように今の政治体制でも50年、100年も続けば、当然、その体制のわずかな皺が、やがて大きなひずみになり、亀裂を生じるでしょう。
その時に又、政治体制は変わるでしょう。
これは全ての国の全ての政治史を見てもわかります。
これは仕方のないことでしょう。

         坂本誠

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