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2009年8月

2009年8月24日 (月)

二百十: 北九州市の珍しいもの

みなさん、おはようございます。 

m(_ _)m

何を書こうかと、考えていました。 

で、色々、日本に住む方のことを考えて、僕の住んでいる北九州市のことを書いて見ます。 

普段、僕の見慣れて、全く珍しいと思わないものでも、他の地域の方は珍しく感じてくれるかもしれません。 

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下の写真は『若戸大橋(わかとおおはし)』です。 

Photo      

以前、白い橋、関門橋を載せましたが、これは赤い橋です。

白と赤。

対称的ですね。

この橋は関門橋より早く作られました。 

関門橋は本州と九州を結んでいますが、この橋は北九州市にある『戸畑区(とばたく)』と『若松区(わかまつく)』を結んでいます。

北九州市には『洞海湾(どうかいわん)』という内海waveがあるのですね。

ですので、交通の便宜のためにかけられました。

関門橋より早くかけられましたね。 

この洞海湾の奥に八幡製鉄所(新日鉄)があり、この洞海湾を通って、船shipが鉄の原料などを運んでいます。 

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下の写真は『リバーウォーク』です。

Photo_2

     

以前、紹介した小倉城のすぐ近くに建っています。

もっと色々とビルが組み合わされているのですが、船のような形をしています。

大型商業施設です。

中にはお店とか、「北九州芸術劇場」とか「北九州市立美術館(分館)」があります。 

この一階には、綺麗な噴水があってですね。

時間ごとに噴水の流出量が変化して、様々な水の動きを楽しめるのですよ。sweat01sweat02 

こればかりは、動画movieで撮らないといけないですね。 

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下の写真は『平和パゴダ』です。 

_2

ビルマ伝来の仏塔です。戦争後にビルマ政府より、戦死者を弔うために、もたらされたそうです。

ビルマものがここにあるというのは、変わってますね。

関門橋の近くにあります。 

高さは20メートルぐらいでしょうか。 

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下の写真は『帝踏石(たいとうせき)』と言います。

_2_2

     

これの由来が、少し変わっています。

古墳時代の天皇、景行天皇が、この地方にやって来たそうです。

以前、紹介した『平尾台(ひらおだい)』に5人の悪い土蜘蛛がいたので、これを征伐しに来たそうです。

で、景行天皇はこの岩を蹴ったところ、土蜘蛛に当たって、土蜘蛛は死んだそうです。 

だけど、この岩は、子供たちも上に乗って遊んでいるんですけど、どう見てもテニスコート一面分はあります。

さすがにこれは神話でしょう。 

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下の写真は『菅生の滝(すがおのたき)』と言います。

Photo_3

     

この滝は、かなり山奥にあります。

車でかなり細い道を20分ほど走って、それから10分ほど歩いた所にあります。 

高さは30メートルぐらいでしょうか。

かなり夏でもひんやりとしてます。 

夏に涼を取りに行く人も多いですね。 

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下の写真は『和布刈神社(めかりじんじゃ)』と言います。

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関門橋の真下にあります。

ここで、大晦日の夜に神主さんが海に入って、朝廷に奉納していたワカメを取ります。

『和布刈神事(めかりしんじ)』と言います。 

下の写真は『和布刈神社の階段』です。

_1

     

この階段が海の中へと続いています。

僕は和布刈神事を見たことが無いのですが、この階段を降りて、ワカメを取っているのでしょう。 

関門海峡は交通の要衝ですので、何かと昔から神社とか史跡があるのですね。 

2009年8月23日 (日)

二百九: 北九州市のスナップショット

みなさん、おはようございます。

m(_ _)m

最近おなじみの北九州市のスナップショットcameraをご紹介します。

僕の見慣れている景色でも、色々な全国の方が見ると、珍しく思えるでしょうから、僕の地元、北九州市の僕の目にとまった光景をご紹介します。

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まず下の写真は、『小倉祇園太鼓(こくらぎおんだいこ)』bellの像の写真です。

_2      

ちょうど、梅雨rainから、夏に入りかける頃に、小倉の街を中心にして、この祭りがあります。

太鼓の写真が見えますように、長時間、太鼓を打ち鳴らしながら、街の中を男たちが山を引いて、練り歩くわけです。

僕が見た感じでは、山を引く方よりも、太鼓を叩く男の方が汗をかいているように見えます。

映画『無法松の一生』の中で主演、三船敏郎の扮する松五郎も太鼓を叩いていました。

石碑を読んだのですが、江戸時代の細川忠興(ただおき)公の時代より始まったと言われています。

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下の写真は、『紫川(むらさきがわ)』の写真です。

Photo_4

繁華街の中を流れている川です。

40年ぐらい前の高度経済成長時代は、やはり、この川も汚れてはしまいました。

しかし、その後の市民の努力によって、川には魚が戻って来て、元のように太公望も集うほどの美しさを取り戻しました。fish

川の両脇も整えられて、夏場はウォーターバイクで遊ぶ若人もいます。「川」の上に付けられている「紫」の称号を取り戻したと思います。

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下の写真は、『文化記念公園』の写真です。

_2_3

最近、作られました。

広い公園で、池もあり、滝もあり、公園が作られる前の丘を、この公園の山とみなして作られています。

テニスコートやゲートボールの敷地もあります。

丘の部分の坂を利用して、ウォーキングコースも設けられています。

水泳のためのプールもあります。

写真の背後に貫山(ぬきさんfuji)という山も聳えていますので、眺望台から、この山の景観も一つの風景として楽しめる訳ですね。

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下の写真は、『板櫃川(いたみつがわ)』の写真です。

Photo_5   

     

『板みつ川』は古戦場です。

天平時代に藤原広嗣(ふじわらのひろつぐ)が博多(はかた)にある大宰府(だざいふ)に流されました。

そして、大和朝廷に乱を起こしたのですね。

西暦740年(天平12年)です。

政府軍と藤原の軍がこの川をはさんで、衝突をした、と言われています。

結果は政府軍が勝ちましたが、このような古戦場もあります。

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最後の写真は、『曽根干潟(そねひがた)』の写真です。

_1_2 

     

曽根干潟はかなり大きな干潟です。

当然、昔から埋め立て等が行われていました。

太初の頃からの本当の広さは具体的にはわかりません。

ただ、「昔はここまで、海が来ていた」と言われる場所に、今も現存する『宗像神社(むなかたじんじゃ)』という交通安全を祈願する神社があります。

その神社から東へ、車で、5,6分ぐらいの距離に、今の堤防があります。

途中は25号線(旧10号線)も越えます。

今の堤防、つまり、最新の曽根新田の堤防は江戸時代に作られました。

享保の大飢饉等がありましたので、新たな田を作るために、干潟が埋め立てられました。

しかし、写真で見ても、まだまだ沖合いには干潟が続いていますので、この干潟の確かな大きさはわかりません。

この干潟は希少生物たちのたまり場でもあります。

カブトガニ、います。cancer

その他、越冬のための渡り鳥たちがここに集まり、干潟のカニ等を取って生きています。

ですので、バードウォッチングも盛んな場所です。penguin

希少生物もいますので、これ以上の埋め立ては行われていません。

     

この堤防から、干潟の時に干上がって出来る漁道が、写真にも見えています。

この漁道を歩いて15分ほどの場所に、ちょっとした猟師さん達のための丘があります。

その丘に都合の良い時間に立ちますと、足元は海の青があり、頭上には真っ青な空を抱けると言う一時を楽しめます。

背後には貫山が聳えています。

                坂本誠

 

2009年8月20日 (木)

降臨

こんばんわ。
m(_ _)m

つい、この前、大分県にドライブrvcarしに行ったんですけど、さすがに宮崎県まではなかなか行けません。weep
しかし、生まれて4回ぐらい、宮崎県に行ったことがあります。
主に日南海岸ですね。wave
海沿いをドライブできます。

だけど、霧島神宮に行ったことが無いですね。
あの、日本の神様が降り立ったとか、言われている山もあります。fuji
さすがに宮崎県の山が深いところになると行った事が無いです。
時間と余裕があれば、ぜひ行ってみたいものです。

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                    降臨

アマテラスの降り立つ
緑の山の峰が、
大気を押し上げる時の
鳥の翼のよう。

下り来る  アマテラスの衣が
大気を押し下げる時の
翼のよう。

山の頂で  四つの斜線が  放たれる。
その中心で  彼女が微笑む。
微笑みが虹のように感じる。

静かな朝の中で。

鳥は飛び続けている。

                    坂本誠

2009年8月19日 (水)

二百六: 朝_No.2

おはようございます。Img7d932ef154f6
m(_ _)m

朝と言うものは、色々と考えるのに適していると思います。sun

車に乗っていました。
今年は異常気象の夏で大雨ばかりだったのですが、この夏も終わりになって、やっと晴れています。
そのかわり暑いです。

だけど、朝日が夏の緑を、よりいっそう緑濃くしています。xmas
朝日自体も日中の強力なものでなくて、まるで乳白色の淡いミルクのように感じます。
淡くて白い陽射しの中で、夏の強い生命力を鮮やかに感じたので、緑をより強く感じたのです。

近所でしたが、そのような美しい景色の中を、車で走ることが出来ました。
つまり、ささやかな幸福感を得ました。

朝なのでそれほど暑くないので、それなりに涼しさを感じます。
涼しさと言うのは、夏であってこそ、よりありがたく感じるのでしょう。
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日中に忙しくなったりすると、あれこれあって、人は考えるのが邪魔されたりします。
上司や部下や同僚とのやり取りで自分の頭の中に去来する情報量が多くなり、逆に考えにくくなるからかもしれません。
夜の夜中に、素晴らしい考えが浮かんだ人は少ないと思います。
これから就寝する時に、色々な考えが浮かぶと、眠れず、体調を崩し、結果、良い考えが浮かびにくくなるかと思います。

だから、朝と言うのは、色々と考えることが出来ると思います。
とりわけ、美しい朝には、人は物思うことが出来ると思います。

         坂本誠

2009年8月18日 (火)

二百三: 西日本のある日:大分県_Part.2

こんばんわ。
m(_ _)m

「西日本のある日:大分県」のPart.2です。
やまなみハイウェイを熊本側に進むと、かなり長い時間、高原地帯の風景を楽しむことが出来ます。

下の写真は朝日岳という場所から撮影した九重連山です。fuji
Photo 

この朝日岳という場所で、標高が1000メートルありますから、ふもとより、6度ぐらい低い気温ですね。
真夏ですが涼しく感じました。
九重の山々が聳え立っています。
やまなみハイウェイを通っていると、写真を撮りたくなるようなポイントにたくさん出会います。

下の写真は硫黄山です。
Photo_2
「山」と言っても、へこんでいる部分が硫黄山です。
そこから写真では小さく硫黄が吹き出ています。
さすがに硫黄が出ているだけあり、周辺は草木がありません。

下の写真はタデ原湿原です。
_1_2 

_2 
長者原高原と言うのが、九重連山の麓に広がっています。
その長者原高原に、このタデ原湿原が広がっています。
僕は行ったことがないのですが、関東地方に「尾瀬」という有名な観光名所がありますが、そこと同じような感じでしょう。
その湿原に木道が作られていまして、人はそこを歩いて、高原植物を見て、楽しむわけです。

下の写真はその「タデ原湿原」に生えていた「ヒゴダイ」と呼ばれる高山植物です。
Photo_3 

やはり、普通、下界では目にすることができませんね。

この湿原を木道の上を歩いていると作曲家の寺島尚彦が作った『さとうきび畑』の曲を思い出します。
『さとうきび畑』は反戦の曲ではありますが、美しい曲で、この曲の冒頭に「ざわわ、ざわわ、ざわわ、、、、、」
と、さとうきび畑の上を風が流れていく様を言葉にされたものがあります。
この「ざわわ、ざわわ、ざわわ」を感じることが出来ます。

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あと、もう一つ、大分県で有名なのは、仏像が多いことです。
国東半島(くにさきはんとう)は奈良時代や平安時代に仏教の僧侶達の修行場として使われ、その時に、山の中に岩をくりぬいて仏像を作ったりしたのですね。
今回は行かなかったのですが、臼杵(うすき)の大仏様とかも有名です。

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                    走馬灯

一つの命が終わる時、
命は夢を見る。

それは、今まで生きてきたという世界の中で見た
現実と言う名の夢。

何も持たずに裸で  生れ落ちた  孤独の自分の姿。
嘆きと悲しみと喜びと怒りを  くぐり抜け、
今また、何も持たない  裸で孤独の自分に戻る。
始めと終わりの姿はよく似ている。

一つの手が開かれた後、
その手は閉じられる。
孤独の中を旅してきた己の身。
己自身の姿を始めて、
己の目で見る時。

今まで見てきた  夜の夢の世界が
これからは  現(うつつ)の世界に変わり始める。

         坂本誠

2009年8月17日 (月)

二百二: 西日本のある日:大分県_Part.1

こんばんわ。
m(_ _)m

お盆休みを利用して、僕の隣の県、大分県に行ってきました。

大分県と言うと、僕が思うに、まず高原の土地です。
九州最高峰の山、久住山(くじゅうさん)もありますが、鶴見岳(つるみだけ)とか由布岳(ゆふだけ)のように高い山でかつ美しい山があります。
下の写真は別府湾です。

Photo 

高速道路は使わずに、国道10号線を下り、別府に行きました。
国東半島と九州側の山の間を通る八坂川(やさかがわ)を沿って、峠を越えると、目の前に別府湾が開けてきます。
なだらかな下り坂を下るので、別府湾の風貌は穏やかに感じます。

この別府は港町でもありまして、長崎と似て、坂の町です。
しかし、坂の町だからこそ、実は美しい夜景が望めます。
山が多くて火山活動もしているので、温泉が多いです。spa
ですから、『地獄めぐり』という温泉が観光名所とかになっています。

 

 

 

 

この別府市から九州横断道路「やまなみハイウェイ」が始まっています。
下の写真は鶴見岳です。

Photo_2 

ちょっとアングルが良くなかったのですが、左奥にある山です。
頂上までロープウェーが伸びています。
今回は鶴見岳の頂上には行かなかったのですが、頂上はかなり眺望が良いです。
小学生の頃、ロープウェーでこの山頂に登ったのですが、秋口に霜柱が立っており、それを踏んだことがあるのを覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下の写真は志高湖(しだかこ)です。
Photo_4 

鶴見岳の付け根ぐらいの所にあります。
浅い湖です。
ボートに乗って、楽しめます。

 

 

 

 

 

この志高湖にはたくさんの鯉が放流されています。
また、白鳥も何羽もいます。

_ Img7d932ef15718 

キャンプも盛んで、盆休みを利用した家族連れで賑わっていました。

 

 

 

 

 

下の写真のように水生の植物も綺麗ですね。
__2 

また、下の写真のように、この志高湖から、先ほどの鶴見岳と由布岳の二つを眺めて楽しむことも出来ます。
__ 

左が由布岳、右が鶴見岳ですね。
大昔、大分に住む神様達が「由布岳と鶴見岳のどちらが美しいか?」と話題になり、投票したのですが、結果は由布岳だったそうです。
しかし、由布岳は男神であり、鶴見岳の方は女神だったので、由布岳は鶴見岳に、勝ちを譲ってやったそうです。

下の写真は由布岳です。
Photo_5 

昔は火山活動が盛んで、やまなみハイウェイを通っていると、巨大な火山から吹き出た岩が今でも見ることが出来ます。
雄大な高原、草原を走り抜けていけます。
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                    トンネル

夏の高原を抜ける。
木々が道の上に広がっている。
緑の手が強い陽射しから  僕を守っている。

子供の頃、
遊ぶ時に、
友達が作ってくれた
手のトンネルの中を  僕は走り抜けて行った。

その自分が、今、目の前に重なる。

         坂本誠

2009年8月16日 (日)

百九十一: 蒸気機関車

蒸気機関車を見ていると、なぜか郷愁とちから強さの二つを感じる。Img7d9406586580

郷愁を感じるのは、やはり時代物だからだろうか。
どんどん速い列車が生まれていく中、蒸気機関車が取り残されてゆくように見える。

一般に「乗り物bullettrain」と言われるのは、速い方が好まれるようだ。
「人間の乗り物は速ければ速いほど良い」、と言う考えが浸透している。
だから、人間は全ての乗り物において時速の速いものを開発している。
乗り物のスピードの遅いものは第一線の開発現場では敬遠されているように見える。
「乗り物は速ければ速いほど良い」という考えは多少、何かの間違いを含んでいるかのように感じる。
だけど、乗り物の速さを競う開発もいずれは限界が来るだろう。
私達に知られている限り、宇宙空間で飛んでいる人工衛星が一番速い乗り物だろう。
しかし、人工衛星はたった一つの石ころに当たっただけでも、大変な被害が出る。
それだけスピードが速いからだ。
多分、人間の乗り物は速いスピードで移動する乗り物よりも、瞬間的に物質を移動させるようなスピードに依存しないような乗り物が遠い未来に作られるだろう。

だいぶ話が発展してしまったけれど、蒸気機関車の郷愁を感じさせる面としては、何がしか、人間の過去を思わせるからだろう。
どんどん速い乗り物が出来ていって、蒸気機関車が取り残される姿を見るのは、なぜか、人間の過去を見るような気がする。
なぜか蒸気機関車が私の幼少の頃の記憶に似ているように感じるのだ。
「取り残されるもの」の代表は人々の心の中の昔の記憶だからだ。
多分、他の多くの人も同じ事を感じるかもしれない。
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いま一つ蒸気機関車に感じるのは、ちから強さだろう。
時代が進むに連れて、乗り物は流線型になってきている。
流線型でなければ、速いスピードが出ない。
空気の抵抗があるからだ。
それに比べ、蒸気機関車はなかなか流線型とは言いがたい。
かなり無骨な形をしている。
その無骨な形が、かえってちから強さを感じさせる。
流線型をした最近の新幹線は、空気を日本刀で裂いていくように感じられる。
しかし、蒸気機関車は、空気をハンマーで叩き割っていくように感じられる。
その空気を叩き割るような雰囲気と言うのは、これはちから強さだ。
蒸気機関車は無骨な男を連想させる。

蒸気機関車の全盛だった頃、子供達は公園などで、「列車ごっこ」とか言う遊びをしていた。
2,3人が前後に並んで、蒸気機関車のマネをするのだ。
その蒸気機関車のマネをする時に、手を前後に動かしていた。
蒸気機関車は駆動力を各車輪に伝えるために、車輪を連結させているロッドと呼ばれる腕状の鉄棒を使う。
シリンダーで生まれたちからを車輪に伝えるのだ。
そのロッドが腕に似ていると言うわけだ。
その腕に似ているところを持っているなど、やはり人間の男に似た乗り物だったと言えるだろう。

そして機関車が動き出す瞬間は、列車全体に「ギシリ」と大きな音を立てていた。
いかにも重量物を運び出そうとしているように感じられる。
現代の列車は改良が進んで、列車発車の直後のあの「ギシリ」はほとんど感じられないようになっていると聞く。
あの「ギシリ」という体感があったところも、やはり如何にもちから強い存在を感じないではいられない。

         坂本誠

2009年8月15日 (土)

百八十二: 仕事_No.2

絵描きの人が、art

    「なぜ絵を描く職業を選ぶのか?」

という疑問が僕達の間で思い浮かぶかもしれない。
職業と言うものは、たいてい学校時代に得意だった分野を人は選んでいる。
それだけ社会に貢献できるとも考えられるからだ。
また、いま一つはその職によって賃金を得て、死ぬまでに生活をすると言う目的も当然にあるだろう。

しかし、職業と言うものにはもう一つあるだろうと僕は思う。
その仕事をしていることによって、「幸せかどうかconfident」が問題だと思う。
何かの仕事をしていて「あまり、この道で生きていて幸福感を感じない」と感じるような仕事に就いていたら、多分、その仕事で長続きしないと思う。

また、さらに考えられることは

    「自分のやった仕事によって自分が救われた。」

という実感がともなうことが大事だと思う。

たとえば、絵描きが自分の描いたその絵を見て、自分自身の心が救われる、と言う実感がある場合が多い。
芸術家にせよ、誰にせよ、自分の作ったその生産物を見て、上のように、「心が救われた」と実感する仕事に就くのが大事だと思う。

         坂本誠

2009年8月14日 (金)

百九十七: テスト

百九十五段:未来のパソコン』でOSの話題をした時に、「バグ」というものについて書きましたが、その延長の話です。

バグと言うものは、プログラムソフトの欠陥であり、つまり、パソコンや電化製品pc等でエラーの状態を出す。

プログラムソフトに限らず、全ての製品faxtoはテストされる。
rvcar、冷蔵庫、クスリ、照明、タイヤ、、、、、、、、、、、、、
テストをクリアしなければ、製品を世に出せない。
それは欠陥商品と見なされてしまう。
テストされていない商品が出回ること自体がありえない。
「テスト済み」という貼り札が付けられていない製品を買う人間はいないだろう。

ところが、この「テスト」をするのも人間であるのを忘れてはいけないだろう。
テスト項目も人間が作成している。
どんなに、あらん限りの経験や技能を持ったテスターも人間である。

だから、このテスト項目に挙げられるべきテスト項目を案出できない場合が多々にしてある。
つまり、ほとんど、誰も予想することの出来ないエラー状態をテスターが未然に考えることが出来ないのだ。
「ほとんど、誰も予想」出来ないから、優秀な技能を持ったテスターですらも、そのエラー状態を思い浮かばないのだ。

世にプログラマーは増えたと思う。
そして、自分でテストを行っているだろうけど、僕の上に書いたことを嫌と言うほど、経験していると思う。
自分の思いつかないエラーの状態を、どうやって、未然に自分が思いつくというのだろう?
上の文章には矛盾がある。
まるで鏡を使わずに、自分の後ろ頭を見るような芸当だ。

確かに、職人や技術者はあらん限りの知恵を振り絞って、テストの項目を案出してはいる。
技能や経験が豊富なほど、ほとんど誰も予想できないエラー状態を予想することが出来るようにはなってくる。

(しかし、その優秀な技術者も神様ではないことを一言付け加えておいた方がいいだろう。)

だから、全テストが終了したからと言って、いきなり市場に製品を出したりすることはまず無い。
幾分、時間を置いて、市場に出す。

これはプログラムソフトに限らず、他の車や洗濯機や冷蔵庫やら、数え上げたらキリが無い。
決して、「テストをサボった」という訳ではないのだが、その「テスト項目書に挙げられるべきであった筈の、誰も予想できなかったテスト項目」があるのだ。
なぜならば(繰り返すようだが)、我々は神様ではなく人間だからだ。

だから、テスト項目書を上司などがテストしたりすることもある。
テストをテストするわけだ。
しかし、その上司も人間であるので、完全ではない。
また、多くの人間が、無作為にその製品をテストしたりして、エラー状態を無理やり検出することも見かけられる。
しかし、その「多くの人間」も結局、人間であるので、完全ではない。
人間の数をどれだけ増やしても、その集合体は神ではない。

テストには厳しいものが要求されるけど、この上で書いたような事例も、多々あるので、もしこの文章を見られた人がいたら、製品を製作している人の裏側には、「このようなこともあるのだ」という無言の言葉を胸の中に持って欲しいものです。

         坂本誠

2009年8月13日 (木)

百九十六: 夜

人は夜を恐れる。Img7d92cb71b6dcnewmoon
確かに昼impactよりも夜のほうが怖いだろう。
病人は夜を恐れる。
なぜかはわからない。
しかし、病人も夜よりは昼の方が安心するだろう。
また、子供も夜を恐れる。
眠りの入るのを恐れたりする。

確かに夜の方が犯罪が多いし、周囲が見えにくくなる。
自分の安全を確保する手段の一つとして、「身の周りの明るさ」が挙げられるだろう。
だから、昼よりも夜の方が危険であり、だから、夜の方が「怖い」と感じる一因なのかもしれない。

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しかし、ビルのエレベーターの中に入っていて、突然、停電になった時に、緊急照明が点く場合と、点かない場合があるとしたら、その時の恐ろしさはどちらがより怖いのか、と言うと、多分、答えは言わなくても明らかだろう。

だから、単純に「夜が怖い」と言うよりも、闇が怖いのだろう。

それは光の無い状態だろう。

何気なく、昼間、太陽が日光を我々に注いでいるけど、日光や光には、物を動かすだけのエネルギーが存在している。
詳しい話は他の文献を参照してもらいたいのだが、光にエネルギーが存在しているのは当然なのだが、実はこれを意外に忘れやすい。

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だから、僕が思うに、動物が闇を恐れる本当の理由として、光と言うエネルギーを失うことを恐れているのだろう。

太陽が無ければ、地球なんて、あっという間に、氷の塊になる。
だから、全ての生き物はエネルギーを欲しているのだが、闇はエネルギーが少ない、乃至は無い状態なので、それは生物の絶滅を意味する。
だから、人は闇を、夜を恐れるのだと思う。

         坂本誠

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