千三百九十六: お金の話題

久しぶりのお金の話題です。

やはり、お金というものは良くないと思います。

自然災害が起きても、食べ物が豊富にある場所にはあるので、それらを分かち合えば良いだけだし、何かの施設を復元するにしても、施設を復元するだけの資材そのものが本当に無いわけではありません。

無いのは、人間の間で取り決めたお金という中間交換器具です。

だから、何かの自然災害が起きた時に、被害損害額でかなり大きな値の金額を耳にしたりします。
ですから、一般の人々がその莫大な数値を聞いて、「どうしよう。どうしよう」と、かなりの不安の心を持って、慌ててしまうかと思います。
実際には、分かち合うだけの食料はあって、完全に食料が不足しているわけではありません。
また、施設を復元するだけの資材も、本当に無いわけでは無いです。

無いのは、人間の間で作って、取り決めたお金です。
自然災害などの被害を受けて、その被害を金銭的に数値化した値の大きさに人々が脅えてしまうと思うのです。
実際には人々の間で分かち合うだけの物資があるのに、無いのは、人間の間で取り決めたお金であり、そのお金の大きさの額に対して、人々は大きな不安を持ってしまうわけです。

だから、以前から私は書いていますが、

    「お金は人を幸福にする道具ではなく、お金は人を不幸にする道具ではないのだろうか?」  <---●
   
との疑問を抱いているわけです。

もし、今後、地球温暖化現象や、その他の原因による自然災害が多く続いてしまえば、それらの被害を金銭的に数値化した値の大きさもどんどん大きくなってしまって(赤字拡大)、「いっそのこと、最初からお金がこの世から無かった方が良かっただろうに」と思う人も出てくるのではないのでしょうか。
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そして、また人の優劣を競う道具がお金にもなっています。
人の優劣を競う道具が他の人より威張りたい人の元には多くある。
無い人の元には、そのお金が無いのでしょう。
ここでも、上記の●の疑問が私に浮かぶわけです。
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そして、様々なメディアを見ていると、お金のために多くの犯罪が起きているというならば、やはり、上記の●の疑問が人々に浮かぶのではないでしょうか。
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また、以前、書いたことがあるのですが、大金持ちの人がいるとしましょう。
幾らぐらいの金額を所有すれば、大金持ちと言えるのか、私は知りません。
しかし、その大金持ちの人が死ぬ時には、結構、苦しいと聞きます。
なぜならば、その大金をあの世に持って行けないからです。
つまり、死ぬ時には、その大金を手放さないといけません。
ですから、その大金を手放すのに心が苦しむと聞きます。
これは大金だけでなく、手放しがたい何かの所有物も同じだと言えるでしょう。

これだと、結局、大金持ちと言われる人々でさえも、当のそのお金から苦しめられるわけです。

ですから、再び、上記の●の疑問が、私に思い浮かぶわけです。

               
                坂本  誠            

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