2012年1月27日 (金)

千四百九十六: 原発の廃炉について

こんばんわ。

ここ最近、東日本大震災で大きな被害を出した福島第一原子力発電所で、廃炉作業が行われているのを、多くの日本人がメディアで見ていると思います。

その廃炉にかかるコストや、また、年月や、労働力も、極端なぐらいに大きいことに気が付かれると、多くの日本人、いや、世界の人が見ても、驚くのではないかと思います。

    「原子力発電所を廃炉にするためだけに、これほどのコストがかかるのか?」

と、多くの人は思うでしょう。
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過去に、原子力発電所を設計して、制作した人々がいるでしょう。
その人々は、原発作成のためのコストは試算したでしょう。
しかし、その人々は自らの作った原発を何らかの機会のために廃炉にするための、コスト(年月、労働力、費用などの全てを含む)を計上していたのでしょうか?

私は、「原発を廃炉にするためのコストは幾らぐらいか?」を、原発作成側の人々は誰も考慮していなかっただろうと思います。

「原発とは何なのか?」
という疑問を改めて、考えさせられます。
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追加なのですが、原発作成側の人々は原発作成の際に設計書を作るでしょう。
しかし、この場合、原発の設計書ではなく、原発の解体書というのも原発作成の企画の段階で作っておかないといけないのではないでしょうか?

普通の老朽化したビルや橋を解体するのは比較的に簡単でしょう。
しかし、原発の内部には危険な放射性物質が入っている訳です。

別に、今回の福島第一原子力発電所の事故が起きずとも、現在、国内にある原発も、100年後か200年後か、それ以降先に、必ず建物の耐久寿命が訪れて、原発そのものを全部解体する必要があるでしょう。
しかし、その時に危ないのが、やはり、原子炉の内部の放射性物質とか、放射能を帯びた原子炉でしょう。

と、なると、これほど危ない建物を作る際には、建物を作り出す前から、設計書の反対の解体書を作成しておかないといけないかと思います。
この「原発解体書」とでも呼ぶべき文書は、電力会社にあるのでしょうか?
その辺は、私は知りませんが、おそらく無いだろうと、私は思います。

福島第一原子力発電所でなくても、国内に多くの原発があります。
それらの建物の寿命もいつか訪れるでしょう。
原子力発電所という危険構造物を、どのように解体するのでしょう?

原子力発電所だけとは限りませんが、「危険構造物に対する解体書が無い」となると、そのような建物に対する設計自体に問題があるのではないかと、私は思います。

                坂本  誠

千五百一: 引用_25

本来ならば分け与え、分かち合うならば、充分に足りる富もあり、食物もあり、様々なエネルギー資源もあるであろう、この地球には。
それをひとり占めにするから、自分たちさえ良かれと思って、戦い合い、占領しようとするから、いざこざが起き、貧富の差が起き、様々な苦しみや、戦いの歴史が営まれてきたのではないであろうか。

ともに神の子であり、愛の奔流であるということがわかったのならば、日々の三度三度のご飯を食べ、身を繕うもの、ともに豊かに暮らす十分なものを与えられたのなら、それ以外のものは、同じ神の子たち、同胞に分け与えていく。
それをもって喜びとする。
それが本来の神の子の、神性なのである。
               
               (ゼウスの霊言)
               
            『生きているギリシャの神々』    レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より               
                           
               
                坂本  誠

千五百: 引用_24

わかるか。
間違うこと。
人の評判評価を気にしすぎること。
そんなことより、自分が信じて、自分の人生を持って、どれだけ多くの人びとを幸せにするために生きぬくことができたか。
そのことだけをおぬしらは考えろ。
そのことだけに命を燃やせよ。
その一点だけのばか者になって生ききったらなあ、それは偉い偉い先生にはなれんかもしれんが、竜馬ぐらいにはなれるっちゅうことや。

               (坂本  竜馬の霊言)
               
            『竜馬  吼える』    レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より
            
                           
                坂本  誠

千四百九十九: 引用_23

今、不幸な子どもたちが、母親にも助けてもらえず死んでいくという事件が、ニュースを賑わせているのではないかと思うのです。
なぜ、このようなことになるのでしょうか。
            :
            (中略)
            :
どうしてこのようなことになるのか、多くの方々はこの地上に生まれた目的を、根本的に理解できない。
その混乱が女性達を襲っているということなのです。
本来は子供を愛し、愛する者を命がけで守るという母性は、女性に埋め込まれた本性であるということ、それほど強いものであるのです。
でも、それを断ち切ってしまうほどに、今の女性たちの心はすさんでしまったということ。
            :
            (中略)
            :
そして愛されたい、愛されたいという思いの中で愛し返すということ、本来は愛してこそ、自分にめぐりめぐって愛というものが戻ってくるということ。
愛されたい、愛されたいという、そのエゴのようなものが、強く増大したがゆえに、人からでも何でも、愛というものを貪るように、奪うように、自己本位に変わってきた、その究極の姿が、今の女性の愛であるかもしれません。
愛というものは、本来は、愛してこそ、愛というものを学ぶことができるし、愛というものが自分に戻ってくるのです。
そのことをわからなくてはなりません。

               (木花開耶媛命(このはなさくやひめ)の霊言)
               
            『アマテラスの祈り』    by アマーリエ   
            徳間書店・五次元文庫    より               
               
               
                坂本  誠

千四百九十七: 冬のある日(独白)_No.2

「千四百八十五:冬のある日(独白)」の2段目です。

「エル・ニーニョ現象とラ・ニーニャ現象の現象の一因として、熱帯雨林の伐採があるだろう」と書きました。
現実、「なぜ、熱帯雨林を伐採するのか?」という問いをメディアで見ていくと、これも、利潤追求、つまり、「お金が欲しい」という理由から、熱帯雨林を伐採しているようです。

例えば、広大な熱帯雨林を伐採して、そこに広大な工業団地を作るとか。
あるいは、そこに、広大な農業用地を作るとか。

つまり、お金を稼ぐために、広大な熱帯雨林を伐採しているのでしょう。
広大な熱帯雨林を伐採したら、それだけ、気候が狂いますから、異常気象が発生して、その異常気象が人類に被害を与えるでしょう。
その被害の額も大きいでしょう。

つまり、ある国がお金をたくさん稼ごうとしたら、回り回って、異常気象の分の被害の損害費用額が他国に回っていた、と。

こう考えると、人間にとって、お金の金額が「収支ゼロ」、つまり、「差し引きゼロ」というものではないでしょうか。
ひょっとすると、「差し引きゼロ」よりももっと悪いかもしれません。
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以前、メディアで知ったのですが、先進国の代表の人々が、その熱帯雨林を伐採している国の代表の人々に、

    「熱帯雨林を伐採しないで欲しい」
   
と、頼んだそうです。
そうすると、その熱帯雨林を伐採している国の代表の人々は以下のように返答したそうです。

    「過去、先進国の人々は自分達の土地の森林を伐採して、そこに工業団地や農業団地を作って、富を得た。それと同じ事を我が国が行って、どこが悪いのですか?」

と。
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つまり、ここで言う、「富」とは、またしても、お金というわけです。
「お金が人々の間を無茶苦茶にしているし、地球の気候も狂わせているであろう」と、こういう風に考えてみると、やはり、人間の貨幣経済というのも、ゼロから考慮すべきではないだろうか、と思います。Tanpopo

                坂本  誠

千四百九十八: 引用_22

#1126  財源の新しいパラダイムをつくりだす

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=66839955&comm_id=1730147
Arrived  Energy  On  Earth

Create Your New Paradigm of Financial Resources
Channeled by Brenda Hoffman
2011年12月13日

親愛なる皆さん

私たちは、皆さんの多くが~特にこのホリーデーシーズンに~奮闘している問題についてお話をしましょう。

長きにわたって皆さんは、受け取ることよりも与えることの方が良いと教えられてきました。
それは、良い人であれば、自分に使うことができる以上のお金を受け入れたりしないし、より多くのお金を望んではならない…というものです。
それで、たとえその人が支払わねばならない自分の家の家賃すら満足に支払うことすらできないとしても、その人は、自分が持っているものに感謝すべきだということが告げられるのを聞くために、自分の地域や教会や自分が気にかけている人たちが言うことに意識的に耳を傾けます。
けれども、それと同じ時に、おそらくその人の雇い主には家族と一緒に外国で新しい世界やアイディアに触れながら休暇を過ごすだけの財源があります。
その一方で、アフリカには飢えに苦しんでいる人たちもいます。
その人たちは、(良い人と言われる人の)雇い主や従業員たちが寄付さえすれば生き残ることができます。

この3つ(1.よい人と言われる人  2.その雇い主  3.アフリカの貧しい人)のうちのどれが、最も宇宙から愛されているのでしょう?

今、皆さんはご自分の信条・信念を見直しているところです。
なぜならウェイショウワー/ライトワーカー/スカウトマスター(幌馬車隊の隊長)として皆さんは、すべてには同じだけ等しい価値と強さがあるという考えをご自分のものにしようとしているからです。
そう、それは真実です。

古い時代には皆さんは、収入,住宅,保護,そしてご自分やご自分の社会によって確立された制限・規制の中でもご自分が獲得することができると思われるもの~すべてに関して、<与えられたもの(概念)>を受け入れてきました。
それらのものをご自分のものにすることが常に可能だったとしても、皆さんの多くは、快適に暮らすのに必要なだけのお金より多くのお金を持つことを期待してはいませんでした。
それと同時に皆さんが受け入れているとおり、何億ドルも貯めた結果として皆さんには夢見ることしかできなかった人生を生きている<ラッキー>な人たちがいます。
また、まさに皆さんが受け入れているとおり、どんな形であれ必要とされるケアを受けなければならない特定の人たちもいます。
それはおそらく、インドのゴミ貯め場やアメリカでのスラム街のような環境で生きているような人たちでしょう。
しかし、それが問題なのではありません。
<3つの可能性の階層>は、あるレベルから別のレベルへとジャンプすることなどほとんど不可能だという<知~物分かりの良さ>から確立されたのです。

もちろん、皆さんの中には家賃を払うことも困難で一時的に物置場を借りている人もいることでしょう。
ですが、あなたはそれが一生続く状況だと思ってはいませんね。
しかし、まさにそれと同じ時、政府の社会福祉制度を受けて暮らしている人たちは、他の方法で暮らすことを必ずしも期待しているわけではありませんし、億万長者たちは彼らの買い物に制限をかける必要性を見いだしてはいません。

私たちがお話している3つの階層は通念的なものです。それらの階層に対する皆さんの反応も、それと同じ~通念でしかありません。
低所得者層の誰も彼もが社会福祉制度を利用しているのでしょうか?
彼らには自分の身の世話もできないのでしょうか?

3つの階層とも、そこに属する人たちが、社会が彼らに「そう思っていろ」と教えてきたことを受け入れたがために、それぞれその収入レベルにあるのだとしたら、どうでしょう? 
もし過去が水に流されて経済的な分け隔てが取り除かれるとしたら…? 
誰もが衣食住を満たし、十分に裕福な収入源を持っていたら…? 
この経済的な3つの階層はまた巡ってくることになるのでしょうか? 
それともそれは単に、それが真実だと決め込むように皆さんをトレーニングしてきた古い時代を通してとても深く染み付いている信念パターンにすぎないのでしょうか?   

なぜアメリカにはとても大勢の億万長者たちがいるのでしょう? 
それは、「一生懸命働けば、自分のバックグラウンドに関係なしに経済的な成功を得ることは誰でも可能だ」というアメリカ社会の信念からなのでしょうか? 
そのとおりです。

私たちはウェイショウワー/スカウトマスターとしての皆さんに、ご自分が生きがいを持ち・楽しんでいる成功した人生を思い描き,生み出すよう、お願いしているのです。
他の人たちにも同じことができるということがわかる、経済的な安定の新しいパラダイムをつくりだしてください。
皆さんがご自分の信条を変えることで、他の人たちも自分の経済的な信条を変えることができるだけの強さを他の人たちに与えてください。

皆さんにはもはや、良い人であるためにご自分が持っているものを他の人たちに与える必要はありません。
皆さんがそうする必要を感じなければ、皆さんが他の人たちを助けるための組織を創設しなければならないわけでもありません。
利己的(セルフィッシュ)という言葉はもはや皆さんのボキャブラリーにある必要はありません。
なぜなら利己的という言葉は、皆さん~あなたは他の人たちを助けるのに十分に強いということを指し示すインジケータであるからです。

もし、誰もがみな(経済的なことが)白紙の状態にされたら、畑で仕事をする人がいたり,本を書く人がいたり,インストラクターがいたり,機械装置を設計する人がいたり,アーティストがいたりすると思っていてはいただけないでしょうか? 
そのような社会は、愛を広げあい,分かち合うに十分に調和がとれているのではないでしょうか。
それが、皆さんの唯一の義務だからです。

あなたがもし一千万ドルを獲得したとしたら、そのお金を教会に贈ることがあなたの責任・義務なのでしょうか? 
それともそのお金で、他の人たちに仕事を与える新たな会社を作りますか? 
あるいは喜びの中で愛し,生きることを可能にさせる新しい家を建てますか? 
皆さんの古い時代の信念とは正反対で、そのどの答えも正しいというわけではありません。

皆さんの唯一の責任・義務とは、ご自分のハートに耳を貸し、ご自分の内なる存在に従っていくことです。
罪の意識からや「そうすべきだから…」ではなく、喜びをもって…。
もしそれがあなたにとって、ダイヤモンドを散りばめた首輪をしたイヌを買うことを意味するのなら、そうしてください。
それがあなたにとって、他の人たちが新しい時代を理解するのを助けるためのスクールを開くことならば、そうしてください。
そこには何のルールもありません。
みな誰もに平等に創造するための才能・手腕があります。
そうであると皆さんは信じていなければなりません。
そしてその信念に従って行動することによって、皆さんはそれがそうであることをご自分自身にも他の人たちにもデモンストレーションすることになるのです。

皆さんそれぞれには、この移行においての特別な役割があります。
あなたがただ単に生き長らえているだけなら、あなたがその役割を担うことは更に困難になるでしょう。
他の人たちがあなたの感情的,身体的,霊的な苦しみを見ているとしたら、あなたはどのようにして、その人たちが自分の光へと進んでいくよう励ますことができるのでしょう。
「皆さんは完璧でなければならない」と言っているのではありません。
そうではなく、ライトワーカーであるために皆さんは、「生きがいを持ち・楽しんでいられること(成功・成長)が目的・ゴールであり、生き延びる・生き長らえるという言葉は新しい時代にはもはや当てはまらない時代遅れの言葉である」ということを信じていなければなりません。

ティーチャーたちは示しとなって導きます。
あなたはティーチャー/ウェイショウワー/スカウトマスターです。
生きがいを持って楽しむ(成功・成長)ための才能・手腕も含め、ご自分のハートから湧き上がってくる形でご自分の役割を受け入れてください。
新しい時代はここにあります。
生きがいを持ち・楽しんでいるという成功のための時間です。
そうあってください。
アーメン

©Contents copyright -2011 Brenda Hoffman. All rights reserved.

http://lifetapestrycreations.wordpress.com/ 

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                坂本  誠

2012年1月26日 (木)

千四百九十四: 昇

                昇
               
                        
    霜が降りしきるような冷気の中、
    山頂へと続く細い道の上を
    車で静かに走り抜けてゆく。
    周囲の緑を切り裂いてゆくようだ。

    雨の無い景色の中を
    僕の想像力は景色の中に
    雨を降らす。
    僕の雨の中に、現実の陽の光が射し込んで来る。

    山頂に車がたどり着いても、
    僕の想像は昇ることをやめない。
    車から翼が生えて、
    周囲の緑を足で蹴って、
    そのまま、山の上から、空の中へと
    雨に濡れながら、
    僕は羽ばたく。

    太陽と出会いたい。20100808132657

                坂本  誠

千四百九十三: 引用_21

神に生かされている神の子としての喜びを、感謝を、全身全霊をもって人生の中で表現し、生き抜いて見せること。

地上に生れし時より、神の愛によって生かされていない者はただ一人としていないのです。

幸せというのは、けっして多くのものを所有したり、けっして多くの支配的な地位に立つことをもって幸せとするのではないのです。

            (ヘレン・ケラーの霊言)

        『オピニオンリーダーの女性霊』      レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より
                      
               
                坂本  誠

千四百九十二: 引用_20

そういう者たちがみな、自覚していくことにより、みんなが連動し、手を取り合い、協力し合うことにより、地球規模での目覚めのとき、意識の革命のときが現れ、地球の人びとがともに、弱き者も強き者も、ともに助け合い、人びとの中で幸せというもの、命というもの、神というもの、多くの人びとが認識する中で、神と一緒に生きようとする意志というものを持ち、神の子としての本来のスタンスに戻って行くという、そのような劇的な変身の瞬間というものが、この先に用意されているということなのです。

だから、みんなで手を取り合って、神の子だという道を歩もうと、罪の子ではないんだよ、信じて行こう、魂は永遠なんだよ。
転生輪廻というものを通して、あなた方はいるけれども、永遠の命を生きている素晴らしいかけがえのない、愛された魂なんだよということ。
それだけでもいいから、伝えていただきたい。

            (大天使ミカエルの霊言)               
               
               
            『人類最後の計画』    レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より               

               
                坂本  誠

千四百九十一: 引用_19

数々の場所におき、最後この地上の天変地異を未然に防ぐためにも、わたくしの愛する子どもたちを一人でも神のみ国に連れて行きたいがために、涙を流しながら、彼らに

「悔い改めなさい。神のみ国に戻りなさい。愛あるひとり子のもとに戻って、天上の神の言葉に素直に従いなさい。
                    :
                 (中略)
                    :
あなた方が悔い改めれば、けっして地下の世界に行くこともない。神のみ国に帰れるのだ」

と、わたくしは繰り返し繰り返し、心の清らかな子どもたちを通し、あと心の清らかなわたしの子どもたち、子どもたちというのはわたくしの司祭職にある者たち、ローマ法王をはじめ、わたくしのもとに仕えているシスターたちを通して、聖人たちを通して、数々の出現を行ってきたのです。

            (聖母マリアの霊言)               

            『ファティマの真実』    レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より 
               
                坂本  誠

千四百九十: 引用_18

時がたち、その明治・大正・昭和というのが終わってきて、新たな時代がきた時に、今度はその行き過ぎてしまった学歴信仰、崇拝主義というのが、今の若者たちの首をしめる結果になっているのかもしれません、とわたしは憂いているのです。
けっして学問だけが、学歴だけが、同じ方向のベクトルの中において、みな同じ方向に向かって歩まねばならぬことなど、わたしはひと言も言ったことはなかった。
だけれども、行く学校、行く学校の、その偏差値が、たまたまその偏差値ということが、逆に言うとあの時代の、その生まれ落ちた身分制度と、幕藩のどの藩、強力な藩主の家計の者のところに生まれたかというだけで、その人生の価値が決まってしまうような、逆に言うとその、どの藩がというのが、たまたま入った学校がということで一生が彩られてしまうような、そのような体制をまた今は弊害として、生むような社会になってしまったのだと思います。

教育というのは何であるか。
さっきから申しますが、人間学なのです。
人間がどのように生きるべきか。
それを教師たち自身がわかっていない。
本来の教育のプロとして、子どもたちを生かし、子どもたちの人生をかけて、自分が関わることによって、彼らもともに、自分もともに成長していこうという、そのような高まいな思想を持っていない者たちが多いのです。

            (福沢諭吉の霊言)

            
            『天界の経綸』    レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より 
            
               
                坂本  誠

千四百八十九: 引用_17

「母性の復活」、それをもう一度、旗印に掲げ、女性たちは歩んでまいります。
今、世の中を見るに、母性が失われた結果が、すでに思春期の退廃した若者たちの現象として出ております。
あの子どもたちが幼い頃、どう母親に育てられたか、その寂しかった心の隙間に、あのような退廃的な現象が現れてきているのです。
どうか使命を多く預かった子どもたちを立派に育てるためにも、あなた方がしっかりと、母性の復活の悟りを開いていただきたいのです。

母親というものが命がけで守ってこそ、家庭というものは意味をなします。
まして子育てにおいて、ある意味で、子どもを育てるということは母親であるというだけではなく、教育者の部分としても、ひじょうに---、あと創造的な部分を伸ばしていくというクリエイターという部分の、創造者としての役目もあるはずなのです。
ひじょうに、母親が子どもを育てていく。

            (日向の霊言)
             (卑弥呼)
              
            『日本神道の女性霊1』    レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より
               
               
                坂本  誠

千四百九十五: 昔書いた文章について

こんばんわ。

私も折に触れて、昔書いた文章を見直す時があります。
これも以前書いたことですが、自分の昔に書いた文章を見て、「よくこんなことを書いたなあ」と思い出します。
笑えそうなものもあるし、悲しそうなことも書いているし、厳しそうなことも書いているし、様々です。
それだけ、時間が経ったということですね。

誰でも、机の引き出しの奥に忘れられかけた自分の日記を、ふと見つけて、それを読んでみると、誰でも、ビックリする時があると思います。
だけど、それが嫌だったら、最初から日記を書かなかったら良かったわけです。
「日記を書こう」と思った志は、あまり悪い動機は無かったと思います。
だから、「日記を書こう」と思った方が、よほど良かったと思います。

それと同じで、過去の自分の書いた文章を読む時でも、過去の自分、つまり、若かりし時の自分と対面しているような感じで、その過去の自分の書いた文章を読むべきかと思います。
ちょうど、鏡の中の自分を見ているような感じになるでしょう。_4

                坂本  誠

2012年1月25日 (水)

千四百八十五: 冬のある日(独白)

千四百六十六: 雨(独白)』を掲載した2012年1月22日から、雨が雪に変わった。
ここ数年、ずっと暖冬だったのだが、今年は寒い冬と言えるのだろうか。
私の住む地方でも、雪が積もっている。

去年から、南米沖の太平洋で、ラ・ニーニャ現象が発生しているという。
このラ・ニーニャ現象の年に当たると、日本は寒い冬になるという。

六百六十八:エル・ニーニョ現象とラ・ニーニャ現象について』でも、書いたのだが、これらの現象が地球の異常気象を頻繁に作り出しているらしい。
しかし、その中でも書いたのだが、なぜ、エル・ニーニョ現象とラ・ニーニャ現象がそんなに起きるのかが、科学の目で突き止められていない。
人間の目の限界だろうか。
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人間は目で様々なものを確認する。
顕微鏡で小さなものを見たり、望遠鏡で遠いものを見る。
また、最近では、色々な電磁波をセンサーでとらえ、それをコンピューター処理して、画像を解析している。
しかし、顕微鏡、望遠鏡、画像解析のためのディスプレイと言えども、それを見る目は人間の肉眼だ。
だから、それらの科学の産物に頼らなくても、もし人間の目が鷹(たか)のように遠方の小さなネズミを発見する眼を持っていたり、すると、人間は顕微鏡、望遠鏡の必要が無いだろう。
また、蜂(はち)は、人間の見ることの出来る可視光線よりも外の波長の色、つまり紫外線を見ることが出来る。
もし人間の目が蜂のように紫外線を見ることが出来たら、紫外線センサーなどを使ったコンピューター処理の画像を見なくても良いことになる。
その紫外線の色とは、どんな色なのか、人間には想像も出来ないが。
もし、考えられる様々な視覚の能力が人間の目に付いていれば、おそらく、人間にとって、顕微鏡や望遠鏡、紫外線センサーは必要ないだろう。

話は横に反れてしまったが、他にも、地球温暖化の原因、つまり、二酸化炭素の増加が、ひょっとしたら、エル・ニーニョ現象とラ・ニーニャ現象の頻発を促しているのかもしれない。
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このエル・ニーニョ現象とラ・ニーニャ現象の頻発には幾つか理由があるだろうが、私としては、その主原因は、やはり、人間が作り出していると考えてしまう。
この「エル・ニーニョ現象とラ・ニーニャ現象」の原因の一つに、偏西風のような風、つまり、地球の大気の循環を司る上空の風が弱まったり、強くなったりしていると聞いたことがある。
「最近の地球で熱帯雨林の伐採などが激しい」とメディアで、頻繁に言われている。
この熱帯雨林の持つエネルギー量はかなり大きいだろう。
熱帯雨林に降り注いだ雨が、赤道付近の熱によって、温められ、巨大な上昇気流を作り、巨大な大気の循環を作るのだ。
ところが、この熱帯雨林の伐採が進むと、当然、その循環が断ち切られる。
巨大な大気の循環が断ち切られたら、当然、偏西風などの地球の大きな風にも大きな影響を与えるだろう。
「風」というものは、地球の大気の循環そのものを意味するのだから。

だから、私が思うに、このエル・ニーニョ現象とラ・ニーニャ現象の原因も、やはり人間が作り出しているのではないかと考えてしまう。Img7da788438b3

               
               
                坂本  誠

千四百八十七: 引用_16

あなた方は、愛について、見返りを求めたときに愛は死ぬということを学んでいますね。
愛というものは、ただ相手のあるがままを受け入れ、無心に与える一方になって、与え続けていくものです。
そこに、愛の本質がある。
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そのような戦争は、愛の摂理、根本に反しています。
愛の摂理に反するものは、宇宙の中に存在できないという原理があるのです。
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この地上で、何が苦しみでしょう。
いちばん怖れるべきは、神の子としての神性に目覚めないことです。

        (イエス・キリストの霊言)
       
       
            『宇宙時代の神の子たちへ』   
            レムリア・ルネッサンス   
            たま出版    より               
               
               
               
                坂本  誠

千四百八十六: 引用_15

だって、貨幣制度ひとつにしてだって---、考えてもごらんよ。
こんなに人が人の足を引っ張り合って、今も新聞じゃ買収だとかなんだとか、すごいことやってるけど---。
買収をし合ったり、ちょっとでも心に隙があったら相手の会社を乗っ取ってやろう、なんて思う連中の中に、神仏の愛の心なんてものがあるかい?

人間みんな神の子だ。
愛をたたえてるんだから、愛し合って、生かし合って、分け合って生きていこうっていうのがもし徹底したら、この貨幣制度っていうのは根本から変わっていくっていうことだよ。
そうだろ?
人を信じられないから、銭カネもらってその価値観を保有していこうという考えでしょ。

何でもあったものが、「互いに生かし合うもんだから分け合っていこう。みんなおんなじ神さんから生まれた子なんだから」ってもし思ったなら、そんな貨幣制度はひょっとしたらもうなくなるかもしれない。

               (勝海舟の霊言)
               
            『竜馬  吼える』    レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より

                坂本  誠

千四百八十四: 引用_14

自らの欲、権勢欲、物質の中において、何もかもを欲しがる。
それが、諸国間の抗争となっている。
そして、宗教の中でも、愛ということをあれだけ伝えてあるのに、今度は、宗教の名のもとに、自我の主張、欲望、自分たちこそが正しいという、自我のぶつかり合いから戦争になり、そして、核を保有している者たちが、その核を使う誘惑に駆られる。
そのような最悪の精神状態となってきているのである。

いちばん大事なことは、自らが神の子であり、愛し合うことがほんとうの使命であるということ。
人が生きていくとき、どれだけ多くのものをがめつく貯め込んだとして、それを全部食べられるというのか。
幸せになるために、どれだけの物質が必要なのか。
               
               
               
        (モーゼの霊言)
       
       
            『宇宙時代の神の子たちへ』   
            レムリア・ルネッサンス   
            たま出版    より               
               
               
               
                坂本  誠

千四百八十三: 引用_13

でも、みんながそこのところを理解できぬから、まず心から、神の子であるという、愛というものを理解し、欲を捨て去っていくという姿勢がなくては---。
よろしいですか、いかなるイデオロギーも、いかなる政府組織、政治機構をもってしても、人びとの心をまとめ上げて、地上の天国というものをつくることは叶わないのです。

それを学ばせるために、かつての歴史はあったのです。
中世の、力による、専制君主による、英雄と呼ばれている者たちが戦国時代をつくり、一部の支配者たちが、力でねじ伏せるようにして治めていた時代というのがあります。
そこで人びとが真に幸せになれたでしょうか。
なれなかったはずなのです。

力による専制君主の後に出てきたのが、イデオロギーの対立でした。
共産主義とか資本主義とか、様々な、今でも多少残っておりますが、そのようなイデオロギー闘争の中において、人びとが新たな体制をつくっていきましたけれど、ではその政治機構だけでほんとうに人びとは幸せになれたでしょうか。
イデオロギー、二元対立、三元対立をいろいろ見てきましたけれども、人類は政治機構の中だけでは、幸せを感じられなかったはずなのです。

               
        (エル・ランティの霊言)
       
       
            『宇宙時代の神の子たちへ』   
            レムリア・ルネッサンス   
            たま出版    より               
               
               
               
                坂本  誠

千四百八十二: 引用_12

    そのような、いろいろな雑多なものがこの日本という土壌にある中において、
    最終的に統合されていく世界宗教としての集大成の磁場として、
    この日本という国がその使命を果たしていける、
    そのような磁場を作るために、
    わたくしはこのような多宗教を導入してくるという立場を持ちました。

               (聖徳太子の霊言)
               (シュヴァンツェル)
               
            『ファティマの真実』    レムリア・ルネッサンス   
            まんだらけ出版    より 

                坂本  誠

千八: 占いについて

おはようございます。

占いについて考える機会がありました。
占いというものは未来を予測する、何かの道具だと言われています。

神社に行ったら、様々なおみくじがあるでしょう。
そこに大吉とか小吉とか大凶とか色々と書かれてあります。
あれも、占いでしょう。

占いが当たれば、未来が予測できるということになり、人にとっては、かなり便利な道具になるわけです。
しかし、実際に占いとは当たるのでしょうか?
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多くの人はトランプを持っているのでトランプ占いぐらいはしたことがあるかもしれません。
そのトランプ占いだと、たいてい、

    「ハートのエースが正しい位置に出れば、恋運良し。ハートのエースが逆を向けば、恋運悪し」  <---●

と呼ばれています。
ハートのエースが正しい位置に向いて出ていたとしましょう。
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上の●を頭に入れて、日々の生活を普段通り送れば、そのまま、占いの結果が当たり、恋の叶う人がいるかもしれません。
しかし、急に生活が忙しくなってきたとしましょう。
そしたら、占いの時に行っていた条件が外れてきて、やがて恋運悪しとなり、「占いが外れた」となるでしょう。
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あと、「私にはハートのエースが正しい位置を向いていた。だから、私は何もしなくても恋人は見つかるんだ!」と、言って、何も努力しなかったら、その占いの結果は外れると考えられます。
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また、「私にはハートのエースが正しい位置を向いていた。だから、私はもっと努力して恋人を見つけるぞう!」と、言って、実際、何かの行動や努力をしたので、実際に恋人が出来たとしましょう。
つまり、この場合は、占いの結果がその人にプラスの暗示を与えて、その人を良い方向に向けたので、占いが当たったと考えられます。
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また、ハートのエースが逆を向いていたとしましょう。
ですから、「私には恋運が無いんだ。少し控えめにしよう」と言って、生活をする人も出てくるかもしれません。
その方が日頃から、派手な性格であったため、恋人が出来ず、かえって控えめな生活をし始めたら、それが人に好かれて、「恋人が出来た!」となるかもしれません。
この場合は、ハートのエースが逆を向いていたのですが、それがかえってプラスの方向に動き、占いは外れたことになります。
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いずれにしても、その占いという行為は、なんとかして、「未来をつかもう、未来を知ろう」と人が努力しているわけです。
ですから、私が思うに、占いの結果というのは、ある程度、パラレル・ワールドと呼ばれるものにも関係してくると思います。

占いの外れた側が、私達の住んでいる世界とは、ほんのひとまたぎの別の世界に行っているように思います。
占いというのも、人が未来をつかもうとする意志と念の下で行われているものですから、何かの意味ある情報かと私は考えます。
ですから、当たった占い情報も外れた占い情報も、何かの意味のある情報かと私は考えます。

「ハートのエースが正しい位置を向いていた」としても、自分が、全然、恋愛のことを考えなかったら、それは自ら占いの情報を外そうとしていることになるでしょう。
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また、人には何かの波のように、ついている時とついていない時があるでしょう。
これは誰でもあるかと思います。
その「ついている時とついていない時」自体があることが占いの一種かと思います。
人生何をやってもついている時があるし、何をやってもついていない時があるのです。
その、ついていない時に占いをやっても、これは外れる確率が高いかと思います。

人の人生にも波があるように、地球単位で波もあるようです。
例えば、リーマン・ショックから始まり、様々な地震があったりと今は激動の時代と呼ばれています。
このように社会全体にも波があるようです。
今は激しい波の時代でしょう。きっと。
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占いの延長に「予言」と呼ばれるものがあると思います。
「この世に予言は無いのか」と言われると、これは、あるかもしれません。
だから、予言があるならば、その予言の法則や根拠を探りたいのならば、手短な占いというのを地味に研究してみるのも面白いかもしれません。20100316105005

                坂本  誠

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